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黒井羊太

2022/06/11 13:00

神様の救済(短編小説)

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 神様、お願い。どうか、あなたを信じる全ての人から、あなた自身を取り戻して。  世界のどこかにいる、少女の祈り。  世界から愛されなかった、少女の祈り。  世界の誰よりも神を信じた、少女の祈り。  その願いは叶った。  どこにでもある普通の教会。今週末もいつも通りのミサである。  厳かな空気の中、信者達の前に立つ神父は静かに語りかける。 「さあ皆さん、神に祈りを捧げるのです」  神父の言葉に、皆一様に祈りを捧げる。いつもの光景、いつもの祈り。  神父が静かに目を閉じて神に祈りを捧げていると、悲鳴が聞こえた。  何事かと顔を上げてみると、信者の一人の首が高速回転しながら宙を舞っていた。元の体からは、大量の血の噴水。それを浴びた周囲の信者達はパニックを起こす。 「キャー!!」「一体何だ!?」  そして騒いだ人に変化が現れる。不可思議な力で首が1回転、2回転、最終的には7回転半して千切れて飛んだ。また、血の噴水。  神父には、この惨状を理解することができなかった。止めることもできなかった。 「皆さん、落ち着いて!」  そんな言葉は最早届かず。この場から逃げ出そうと教会の出口に人々が殺到する。 「助けて!」「神よ!」「死にたくない!」  そうやって殺到している人の中でも、同じように首が7回転半。くるくると千切れ飛ぶ。  悲鳴。怒号。血溜まり。首のない死体。  絵に描かれた、地獄のようであった。 「……神よ」  神父は自然、手で十字を切り、祈りを捧げる。  直後、神父の視界は2700度回って宙を舞った。  あるいは何事もない都会。田舎町。乗り物の中、建物の中。  あらゆる場所である日突然その現象はどこでも起きた。  無作為に、無目的に、無規則に、無際限に。 「怖い事件ね」  妻がテレビを見ながら呟く。読書をしていた僕には何の話か分からなかった。 「何が?」 「町を歩いている人が、突然首が千切れて死んでしまうんですって」  荒唐無稽な話である。 「ぷ、なんだいそりゃ。そんなホラー映画とかじゃあるまいし」 「でもニュースでやっているのよ、ほら、世界中で」  妻の言う通り、テレビではどのチャンネルも謎の事件で持ちきりだった。  曰く、突然人の首が回転して千切れて飛ぶのだとか。病気やテロの類ではなく、拡大の仕方も一定ではない。人種や国籍、貧富や宗教、老若男女すら問わずである。  謎が謎呼ぶ事件である。 「あなたも気を付けてね、いつどんな風になるか分からないもの」 「なんだい、そりゃ。何にどう気を付けろっていうのさ」 「そうね、神様に祈るしかないわね」  妻が冗談めかして言った途端、妻の首はぐるりと回って、千切れて飛んだ。  これと同じ光景は、世界中、どこででも起こった。  そして生き残った人々は深く傷つき、絶望した。神はいないのかと嘆いた。神に救済を求めた。また多くの人の首が宙を舞った。悲鳴が響いた。  やがて世界は徐々に気づき始めた。  神への祈りこそ、死へのトリガーであることに。  危機的状況になると、人は思わず神に救いを求めてしまう。祈ってしまう。  その時神は、その祈りに応えて首を飛ばす。なぜだか分からないが、そういう事になってしまったらしい。  人々は神への祈りを止めるように警鐘を鳴らした。祈る人々の首は飛んでいった。  祈ってはならないと過激な人間は祈りの場を破壊した。それに対する反発で戦争になった。だが祈る程に人の首は飛んでいった。神に見捨てられたことを悟り、嘆き、自ら命を断つ者が相次いだ。  混乱は長い間続いたが、やがて人々は神への信仰を忘れる事でその命を長らえることに成功した。  しかし何故このような事態になったのか、原因はとうとう分からずじまいであった。  ある日、ある場所。かつてのある少女の小さな祈り。それは世界を変えた。神を変えた。  その少女は如何にもみすぼらしくやせっぽちで、悪臭を放つボロを纏い、皮膚は一部爛れ、髪などは野放図に伸び放題。ボロボロの指先からは重労働の痕跡が見て取れた。顔やボロの下の傷は虐待の形跡が見て取れた。 「神様、神様。あぁ、あなたは私にとっても似ているの。  誰もがあなたに優しさを求め、救いを求めるの。でもあなたに誰も優しくしないし、都合の良い時にしか呼ばない。  それでもあなたは誰にも愛を与え、奇跡を与え、誰かの罪を押しつけられ、それを赦し、身も心も人類に捧げてきたわ。  哀れな程磨り減ったその身を、心を、誰が癒してきたのかしら。誰が寄り添ってきたのかしら。  私とおんなじ。誰かの為にと尽くして、誰もが苦しまないようにと苦慮して、そして残ったのは一人我が身。誰も私を省みてはくれない。慰めてもくれない。惨めな私だけ。  もう、疲れちゃったの。何も良いことのないこの世の中が。  そうして、あなたのことを考えてみて、私を助けてって思うより先に可哀想になったの。あなたは私と一緒だわ。ううん、私なんかよりずぅっと長い間尽くしてきたのに、もうすっかりボロボロだというのに、誰もその事に寄り添わないの。  ……可哀想に。  だから、私はあなたに祈るの。  あなたに祈りを捧げる人間から、あなたが解放されますようにって。  あなたは人を、最後には裁いて、その魂をとってもいい場所へ連れて行くと言ったわ。どうせ最後には持っていくのだもの、ちょっとずるをして今すぐ魂をそこに運んだとして、誰も文句は言わないわ。問題は魂の在処なのだから。  あなたに祈りを捧げる人間だもの、あなたに魂を預ける人間だもの。とってもいい場所へ行く資格だってもう既に持っていると思わない?  そうして送り届けて、あなたに祈る人が誰もいなくなったのなら、もうあなたは自由だわ。あなたはもう頼られなくていい。期待に応えなくていい。段々と忘れられていって、人々は勝手に生きていくわ。  私はそう生きられなかった。この命の終わり間際に、とても後悔しているけど、もうどうしようもない。何もかも、しがらみから逃げることができなかった。自由などない人生だった。魂すら隷属させられ、まるで『私』という個体が存在しないよう。  あぁ、もう疲れたわ。神様、お願い。どうかあなたを信じる全ての人から、あなた自身を取り戻して」  やせっぽちで惨めな少女の祈りは神に通じ、その首は2700度回転して宙を舞った。彼女が自由になった瞬間である。

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