以前のリクエスト創作『話の分かる猫は拾われたい』の小説版を書きたいなと思っていて、こうしてノベライズ公開できました。 元はシチュ台本なので、そちらと比べると猫のセリフはグンと減っていますが、朗読の際は「後ろで省略部分を小さく流す」のもいいと思います。 (続きセリフをぶった斬っての地の文もあるので、流しっぱなしでとはいきませんが…) 視点主の一人称は使っていないので、男性想定でも女性想定でも、はたまたどちらでもなくても使い勝手のいい中性仕様です。 約1200字で、音声にすると4分くらい。 ============ ※ 元作品はコメント報告制でしたが、今作は【フォローde朗読フリー】とします。くわしくは『朗読フリーのお約束』をご覧ください。 https://ofuse.me/e/23767 ============ 『社畜さんは話の分かる猫を拾いたい』 残業という名の戦闘を終えた帰り道。酔っぱらいが大半を占める繁華街の暗がりに、それは居た。 発生練習かと思われた挨拶という挨拶に混じって耳に届いた言葉に、思わず足を停めてしまう。 「――よかったら拾ってください!」 「拾って」だなんて捨て猫でもあるまいし。そんなことを考えながら、疲労で濁(にご)った目で声の主を探してみるがそれらしいヒトは見当たらない。 ほんの少しの興味が霧散して、再び家に向けた歩みが二、三歩で停まる。ヒトがギリギリ通れるくらいの、建物のスキマとしか言えない路地に見つけた黒い塊。よくよく観て「猫だ」と気付いたそのとき、確かにそれがこう叫ぶのを聞いた。 「犬と違ってサンポの催促(さいそく)はしないからさーあ!」 ふいに黒猫がこちらを向く。バッチリ目が合ったまま繰り出されるおしゃべりに、圧倒されながらも口からこぼれ落ちたのは「猫の客引き…?」だった。 猫の瞳がスッと細まる。それから、独り言だった先ほどとはガラリと変わった猫なで声で話しかけてきた。 「猫をいっぴき、養ってみない? ちがう生きものに生まれたのに言葉が通じるなんて運命的なこの出会い、みすみす逃(のが)す手はないよ?」 なるほど、確かに運命的な出会いだろう。猫がしゃべっているのは普通ではないが、不思議と受け入れている自分もいる。普段の小さな願いが叶ったようで、となると実は帰りの電車で寝こけて見ている夢なのかもしれない。 しかし、つねったほっぺは痛かった。 「とりあえず、いつまでも驚いてないでこっち来て屈(かが)んでくれるかな?」 言われるがまま、人目を気にせずしゃがみ込む。雨の匂いがすると言うのでつられて空気を嗅いでみれば、なんとなく、確かに降りそうだなと思った。 耳をピクリ、目をパチリ。髪の長い人が後ろに流すようにヒゲをなでると、くるりと回りながらシッポをくねらせる。それから「想像してみて」と猫は続けた。 「よく食べよく遊ぶほど適度に肉付き育ってゆくお腹と、お手入れ次第でふわふわ・ぽわぽわでいい匂いのする毛並みと、ぷにぷに&ふにふにの肉球」 それは……さわりたい。顔をうずめて吸いたい。ふまれたい。 その全部が自分の物になるんだよと言われ、ものすごく心が揺れた。飼うのはいい。だが、残業ばかりで家には寝に帰るだけの残業戦士にこの子を囲う資格があるのか? いっそノラのまま自由気ままに生きたほうが楽しい人生(にゃんせい)になるのではないか? 「あははっ――真剣に悩んでくれてありがとう。養うための準備もあるだろうから今すぐにとは言わないよ」 なんと健気なことを言う。 泣きそうになりながら立ち上がり、残酷だろうが今はこの子に背を向けた。 「どうするか決めたら迎えにきてね。期限は明日の明日、時間は今くらいまでかな。それまではどうにか生き延びて待ってる」 二日で全てを終わらせる。そう腹を決めたこの目には、きっと生気が宿ったことだろう。 きっと来てねと聞こえた気がして、絶対来るよとつぶやいた。 〔社畜さんは話の分かる猫を拾いたい/了〕
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