生きることに疲れきり、長い眠りにつこうとしている男の話。 〔2014年12月25日 作/2015年3月31日 改〕 ====== pixivで公開ののち2019年にWritoneで公開していました。noteでも追って公開していたのですが、今はOFUSEでだけ読めます。 実は2種類の続きを書こうとしてまして、それを書き上げて載せるつもりでいたせいで遅くなりました。結局は書きかけのままエタってしまい……作品整理を機に再公開をと。 今作も「フォローde朗読フリー」対象とします。 詳しい利用規約は「朗読フリーのお約束」にて。 https://ofuse.me/e/23767 画像版ではルビを多めに振っておきましたので、どうぞご活用ください。 ====== 【雫おちて】 ぽたり、ぽたり。頬に降る。 気付けば世界からは音が消えていて、気が付けば世界から色彩(いろ)も消えていて。ぽたり、ぽたりと頬に当たっては弾け、流れ、落ちゆく水滴の感触ばかりが私と世界とを繋ぎ止めていた。 ――もう、手放してもいいんだ。 そう思っているはずなのに、いざ離れようとしてもこのカラダに後ろ髪を引かれる。思い残すことなど とうの昔に無くなっているというのに、今さら何が気掛かりだと このココロは言うのか。 私が唯一愛した人も、彼女に宿した結晶もすでに亡(な)い。地獄のような痛みや苦しみの一つも伴えば少しは救われただろうが、生憎とそんなものは一切なく、ただ空虚な絶望だけがそこにあった。 悲しみとは何なのか、喜びとは何だったのか、幸せなんてものが本当にこの世に存在しうるのか……。何を〝信じたい〟のかすら分からないまま彷徨うように息をし、それからの孤独を私はまだ生き長らえている。 止め処なく走馬灯がクルクルと巡る中、ふと、頬を打つ水滴の感触が消えていることに気付いた。 ――ついに この世が私に愛想を尽かしてくれたか。 そう喜ぶ半面、この重く気だるい思考が変わらず続いていることに僅かながら落胆した、その時だった。唐突に、力強い温かさに包まれる。抱かれているのだと私が理解した頃には、節々からの痛覚がやっと脳に届いて 少しだけ微睡みが遠のいた。 ノイズ混じりのモノクロの世界が、私を抱きかかえた誰かが走るたびに揺れる。本格的に降り出したらしい雨は、その粒を大きくして私の体温を奪っていくが、それに負けじと 誰かに触れた部分からは熱が流れ込んでくる。 ――もういいだろう? 死なせてくれ。もう生きてなんていたくないんだ。 その想いの全てがきちんと呟きになったかは分からない。言葉を捨て去ったのは、もういつのことだか思い出せないほど過去(むかし)のことだ。良くて〝酷く掠れている〟か、悪くて〝音にさえ成っていない〟だろう。 『ダメよ』 それでもなお頼む、頼むと懇願する気持ちが辛うじて音を得られたのか、思いがけず言葉が返ってきた。初めて聞くような、それでいて懐かしさで胸が満たされるような。そんな心地良くも不思議な〝音なき声〟が、さらに頭の中に響き渡る。 『貴方がそのカラダから離れられないのは、私がまだ手放してほしくないからよ』 音も色彩(いろ)も失くした世界で唯一届いたその言葉に……ただただ、心が涙する。
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