飼い主獣人スレッタとペット人間ミオリネさん:6-3

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6-3: 1  エランさんをグエルさんに託して(彼は「俺も手伝う」と言ってくれたけれど、ネコでは私の速度についてこれないので丁寧に断った)走り出した。防具も槍も着けたままだけど構うものか。エランさんが残した血の匂いを辿って疾駆する、四足で全速力で走る私をネコたちはさっと避け、一部のイヌたちはただ事でないことを察して遠吠えをし始めた。『何事。発生事件耶?』遠吠えはイヌ文字に情報量を圧縮して細く棚引くように発声する特殊な話法だ。ネコには出来ないけれど、ネコも知識があれば聞き取ることが出来る。イヌの喉と耳があればいいだけなので、緊急時や大事なニュースを伝えるのに使われる最も一般的な手段でもある。私は走りながら大きな声で吠え返す。『二足略奪、我伴侶』自分で言っていて腸が煮えくり返るような気持ちになった。エランさんは小筒で撃たれていた。アレはラプターも殺せないような武器だけど、そういうのを振り回す連中だってことだ。そもそもイヌネコであるというだけでミオリネさんにとっては危険なのに。グルルと低い唸り声が喉からした。『誰有知者何処赴也?』そう尋ねると、あちらこちらからワンワンアオーンと返事が返ってくる。『前刻、我目撃白牝畜、預託所前』『怪二足共、御馬車、奔郊外』預託所から、馬車で、郊外へ、かな? 2  エランさんとミオリネさんが襲われた場所に着いた。遠吠えで言っていた通り、預託所から出て少し行ったところだ。四足からさらに身を屈めて、べたっと頭を床に付けて匂いを嗅ぐ。ネコの血の匂い、エランさん、嗅ぎなれた私自身の匂いと混ざったミオリネさんの匂い。それから沢山のイヌとネコの匂い、誘拐犯だろう。変なハーブを焚いているみたいだ。それから馬が二頭。これだ。  遠吠えネットワークで「大丈夫か?」「手伝いは要る?」とイヌたちが聞いてくれている中、ぎゃあぎゃあと異質な声が響いた。頭で情報を整理するよりも先に、私はその声がした方角へと駆け出す。これはラプターの鳴き声だ。体の大きなリーダーの出す、高音と低音が混ざった、どこか優し気な声。 「エアリアル……?」  そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。家族の声の聞き分けには自信があるけれど、あの子も見ない間に大きくなっているだろうから確信は無かった。でもきっとエアリアルだ。ぎゃあぎゃあとラプターたちが鳴く方へ、一目散に走っていく。その先に工場が見えてきた。入口の近くに馬車が停まっていて、大きな金属の扉の横にへんてこなローブを着たイヌが見張りとして立っていた。 3 「!? なんだお前、止まれ!」  誰が止まるか。私は手足に力を入れて、むしろ加速する。扉、金属製、ぶち破れるかな? 両開きの扉だし経年劣化で古びている、やれそうだ。扉の前で足を揃えて、左肩を沈める。見張りらしき小型イヌと目が一瞬だけあったが、彼は目を見開いて驚愕していた。肩に衝撃。感触は悪くない。  金属がひしゃげて扉を支えていた蝶番がはじけ飛び、扉は轟音と共に内側に向かってぶち破られた。左手を振りぬく勢いでそのまま二足になって、右手で背中の槍を掴んで油断なく警戒する。工場内は草木が生い茂っていて、ハーブを焚いたたくさんのイヌネコと、泥とかの匂いに塗れたヒトの一団が居る。その丁度中央に、ミオリネさんが居た。パッと見た感じ怪我は無い。大丈夫そう。  そりゃそうだ、誘拐犯たちも馬鹿じゃない。ツガイが居るって分かっているのに無遠慮に触るような真似はしていなかったようだ。そう頭では状況を理解できている筈なのに、ミオリネさんに向かって手を差し出している一尾のネコが視界に入った瞬間に、鼻に皺が寄った。上の牙を剥き出しにして低く唸り声を上げる。大丈夫? 何が? 何その手? 誰このネコ? ぐっと槍を掴み直す。 4  伝統槍術に於ける回転槍の利点の一つが、自分の加速を上方向や下方向への叩きつけに変換し易いところだ。素早く近寄って槍を振り回すと、悪いネコはあっけなく宙に吹き飛ばされた。骨が折れた感覚がしていたがどうでもいい。あの程度では死にはしない。誘拐犯の内、イヌネコは状況が分かっていない様子で打ち上げられたネコを目で追い、ヒトの一団はそもそも目で追えていない様子でまだ私がいた扉の付近を見ていた。ヒトって動体視力悪いのかな。 「大丈夫ですか、ミオリネさん」  膝をついてミオリネさんの傍に屈む。ミオリネさんは不思議と落ち着いていて恐怖や怯えは見られず、私の顔を見て安堵の溜息を吐いた。あと今まさに落ちて来たネコが気になるみたいだ。大丈夫ですよ心配しなくても、ネコですもの。 「私は大丈夫、何もされてないから」  ミオリネさんは私をなだめようとしてかマズルに触れてくる。牙をむくのを止めて心配しましたよとキューキューと鳴いて見せると、眉を下げて笑ってくれた。室内は不気味なほどに静まり返っている。それが私という、大型種イヌの怒りを恐れてのことだということは分かっていた。私は一言吠える。『……|所以《それで》?』 5  ネコは利己的なものだ、それも普段争いから遠い癖にあれこれ四足がどうの大型種は野蛮だのどうのと言ってるようなネコは。彼らは尾を股の間に丸めて頭を低くして、私の怒りをやり過ごそうとする。他のイヌネコとは少し装いの違う四尾だけが背中を見せて一目散に走って逃げていって、鮮やかな引き際が少し面白かった。イヌは群れの秩序を重視するものだ、それは普段大型種なんて怖くねぇと息巻いてる者でも同じ。ネコよりも厳格に、秩序を維持する暴力の代行者の問いに頭を下げ、ピスピスと鼻を鳴らしてこれ以上の敵意が無いことを示してくる。  前の私だったらこれを当然のように受け止めていただろう。でも彼らが跪いているのは大型イヌのダイア種という存在への畏怖からだ。私は暴力でならミオリネさんの役に立てるけど、じゃあそれ以外の価値って何なんだろうな。 「っ、ず、随分派手な登場じゃないか。そんなにミオリネが大事か?」  ヒトの一団の一頭、少し浅黒い肌をしたヒトが私に向かってそう声をかけてくる。よく見たらこのヒトこの前ミオリネさんの腕掴んできた失礼なヒトじゃない? 『何』と唸るが彼には通じないようで、上ずった声音で言葉を続ける。 「連れ戻しに来たんだろう? 君は彼女を自由の無い檻に縛り付けてるんだ」 6  そのヒトはミオリネさんと同じように私たちと同じ言葉を喋っている。きっと彼も同じくらい賢いのだろう。背後に居るヒトたちは、緊張と恐怖で満ちた匂いをさせつつも、先頭で話す彼を信頼してか逃げようとしていない。 「彼女は人だ。人には人の幸せがある。イヌネコが勝手に囲い込んで、命が安全ならそれで良いだろと押し付けてくるようなものに、俺達の幸せなんか無い!」  あぁでも、それじゃダメなんですよ。リーダーは、アルファは、群れを率いる者は。秩序の維持を任せられた私たちは。喋る時は迷いなく堂々としていないといけない。驚いても怯えてもいいけれど、恐怖で竦んじゃいけない。彼は今激しく動揺していて、恐怖していて、そして何に対してか嫉妬しているみたいだ。最初に会った時は自信に満ちた匂いをさせていたのに、今は酷くちっぽけだ。  仕方ない、ちょっと脅かして逃げて貰おう。何かさっきからまくし立ててるけど、まるで見当違いで困ってしまう。ミオリネさんはその気になれば私の所なんていつでも出て行けるのだ。自分でお金を稼げるし、持ち前の賢さで他のイヌネコと上手くやれている。それでも彼女は私の所に居てくれてるのに。 「っ、暴力だけが取り柄の野蛮な獣が、彼女を幸せにできると思ってるのか!?」 7  動き出そうとした体がピタリと止まる。止まらざるを得なかった。だってそれは、確かに正しい指摘だったから。 「っ……!」  だって、私は何をした? 今ここで、何をした。金属の扉をぶち破って、小型ネコを力任せに打ち据えて、小型と中型のイヌネコたちを威圧して平伏させた。それはまさしく野蛮な行いそのものだろう。彼らは確かにわるいことをしたけれど、誰かを害そうとしていた者はいなかった。ミオリネさんは怪我をしていないし、だとしたら私がしたことは間違ったことだったんじゃないか。 「スレッタ……?」  心配そうに私の左腕に触れるミオリネさんを見て、浅黒いヒトはぐっと喉の奥で唸る。それから指を口で噛んでピューイッと鋭く吹き鳴らした。硬直していたヒトたちがびくっと体を震わせ、手に槍のような物を持ってこちらに向ける。彼らは訓練された兵士のようだ。それから遠くから物を破壊する轟音がした。 「ミオリネ、君がどれほどその獣の優しさを信じようと、彼らの社会で人が尊厳無き家畜である現状は変わらない。俺達は変革の為、進み続ける」 8  目の前のヒトが掲げる武器は粗末なものだ、どうでもいい。それよりもこの音は。重たい体重の生物が足を踏みしめる足音、鋭い爪の付いた手で物を吹き飛ばす異音。漂ってくる、傲慢で自信に満ちた強者の匂い。 「いつか俺達が俺達だけの場所を作り上げたら。その時は、迎えに行く」  何このヒト煩い! 今は全然それどころじゃないのに。頭を下げていたイヌネコたちも耳をピンと立て、轟音がする方をじっと見つめている。戦い慣れていない小型種に良くある、状況を理解するまで逃走に移れない良くない反応だ。 「下がってくださいミオリネさん! そこの皆も! 逃げて! 早く!」  ミオリネさんは離れてくれない。状況が分かっていないんだ。他のイヌネコも直ぐには動いてくれない。そんな中ヒトの集団はじりじりと後ろに下がっていく。 「君も、あの施設の皆も必ず迎えに来る。だから、今日の所はその獣に譲っておくよ。この世界に君が絶望してしまわないこと、いや絶望することを願ってるよ」  壁が破壊される轟音が響き、その向こうから黒くて大きな影が勢いよく飛び込んできた。この世界でドラゴンに次ぐ私たちの脅威、クマだ。 「ひゃっはー! くいもの、よっこせー!」 20260703 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 おシャの命を心配する声があって笑ってしまったよね。大丈夫、おシャは野良で生きてるだけあってちゃんとしぶとい。 クマ襲来。蛮族だけど喋れないわけではないです。蛮族ですが。彼女が誰なのかあてっこゲームしつつ待て、次号。

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