


6-4: 1 写真では見たことがあったが、実際の彼らを見るのは初めてだった。 「うひょー! おねーさん、やる、ねー!」 「ぐっ、……ミオリネさん無事ですか!?」 赤茶けた濃い色の体毛に、長く走る為にシュッとしたシルエットのイヌとは大違いのずんぐりむっくりとした体躯。腕も足も太く、爪は猫よりも太く鋭い。服は身に着けていないが纏った毛皮はきっと下手な防具よりも分厚いのだろう。踏み出した重苦しい足音がその体重を感じさせ、見えないだけでその下に強靭な筋肉が隠れていることが伺える。二足で立ち上がりいつでも攻撃できるように手を前に構えながら、そのクマは心底楽しそうに笑った。 一瞬のことだった。シャディクの指笛を合図に突進して来たそいつは、スレッタが入室した際の何倍もの勢いで壁をぶち破り、迷うことなく猛然とスレッタに襲い掛かった、のだと思う。ちゃんとは目で追えなかった。その一瞬の激突で、ことの成り行きをみていた二足歩行主義者達は漸く逃げ出した。イヌネコのパニックに巻き込まれたら私は確実に死ぬので、逃げるに逃げれず身を屈めている。 「ソレ、邪魔、殺す。おねーさん、本気で、やる。いい?」 2 クマは私を指さして獰猛な笑みを浮かべる。あからさまな挑発だ。スレッタもそれは分かっているだろうに、私が逃げれない現状ではその挑発に乗るしか無い。 「させません!」 このままでは私達が足手まといになってしまう。スレッタが一つ吠えてクマに向かっていくのを確認し、私はクマから注意を離さないよう気を付けながら二鼻から距離を取る。周囲には逃げ遅れたイヌネコが倒れている。特にスレッタに吹っ飛ばされたネコは落ちてくる時になんとか着地の体勢を取っていたようだったが、現状ピクリとも動かない。駆け寄って様子を見ると、そのネコは倒れたままひたすら悪態を吐いていた。動けないというよりも、動かないのだろう。 「くそ! なんでクマが!? あぁミオリネ様! 暴れまわる無法者達を収めるには今こそあなたの知性が必要です! 野蛮なイヌとクマをどうか止めてください!」 まだそんなことを言っているのか。心底呆れてしまう。今私達を守ってるのが誰だか見えないのだろうか? ネコの怪我の様子を確認する。スレッタの一撃で肋骨や内臓に損傷を受けているようだが、落下によるダメージはなさそうだ。 「黙って! 走って逃げれるなら逃げなさい!」 3 先程からスレッタの動きが硬いのだ。あの鮮やかにネコを吹き飛ばした洗練された力を、今は無理に抑え込んで動いているようなちぐはぐさがある。十中八九先程のシャディクの言葉を気にしているのだろうと思う。野蛮な力だけが取り柄の獣、って奴。スレッタはそんなこと気にしなくて良いんだ。でもそれを伝えるにしても、今この場に私達という〝守るべき対象〟が散逸しているのは不味い。 「ですが私は足が……這って進めと?」 それ以外の何に聞こえたんだろうか。盛大に舌打ちをして、まだ寝転がったまま動こうとしないネコの首根っこを掴む。重たい。スレッタが守ろうとしているものはこれだけ重たいのに、当の守られる方はそのことに無自覚だ。 「死にたくないなら動けつってんのよ、馬鹿! 四足だ野蛮だどうのって言える時間は終わったの! 今あんたを守ってくれてるのは誰!?」 大型種の力が怖い、それは分かる。刃物を見たらそれが肌を切り裂く痛みを想像するように、火を見たらそれが肌を焼く痛みを想像するように、暴力の代行者たる大型種を見たらそれに恐れを抱くのは正しい。けれど現実問題としてドラゴンが蔓延るこの世界で社会を、私達を守ってくれているのはその大型種の力だ。 4 「知性だけでなんとかなるならヒトはとっくに地上の覇者よ!? そうなってないのはなんでなのか、その〝知性〟とやらでで少しは考えなさいよ!」 だから的外れだと言うのだ。イヌネコ達は確かに二足になり手が自由になったことによる影響で知性を帯びて、それ故立派な文明社会を作り上げられた。では同じように二足で歩き同じだけ知性を帯びているとこいつらが崇めるヒトは何故家畜の座に甘んじているか。簡単だ、彼らが蔑む〝野蛮〟こそがイヌネコを生存させてきたのだ。野蛮ではないヒトでは彼らと同じ領域には達せれなかった。 重たい床を引きずる音と共にスレッタがすぐ傍に転がってくる。状況は劣勢なようだ。幾らスレッタでも竜を単独で相手取るというクマが相手では不利か。 「ミオリネさん……どうして、早く逃げてください……っ!」 槍はひしゃげ、あちこち切り裂かれて血を流している。スレッタはどうして逃げないのかと尋ねる。私さえいなくなれば、戦わずに済むのにとでも言いたげに。 「私はこのネコたちも、あんたも置いていくことはできない。だから、おねがい」 じっとその眼を見つめ返した。私は逃げない。あんたを、信じてるから。 「分かりました。私がミオリネさんを……皆さんを、守ります」 5 一度目を閉じて、再び開いたスレッタからは迷いは消えていた。ざわりとスレッタの雰囲気が変わり、私がひっつかんだネコが小さく悲鳴を上げて後ずさる。 スレッタが吠える。びりびりと空気を揺るがすような獰猛さを引き連れ、スレッタは四足で身を低く低くして走り、クマの手足に噛みついては直ぐに離れる。常に爪が鋭く生え変わるネコや、腕の筋肉が凄まじいクマと違い、イヌの手足は長く早く走るために洗練されている。その手足から繰り出されるスピード、そして高い持久力、隙を狙って絶え間なく浴びせる牙の一撃。それこそが、きっと道具を手に持つ前のイヌが、原初より武器としてきたものなのだろう。 それでもクマの一撃を貰えばタダでは済まない。スレッタは急停止急加速、クマの体を蹴飛ばすことで大きく距離を取るなどして、攻撃を避け続ける。あまりにも激しい両者の争いに恐れをなしたのか、逃げ損ねていた二足歩行主義者達は(無様に)四足で駆け出していた。最初からそうすりゃいいのに。 「ぐっ、……あーもー! うざい! ノレアー!? 手ぇ、かせ!」 急に消耗が激しくなって慌てたのか、クマは大きな声で誰かの名前を呼ぶ。まさかもう一体居るのか。私が身を屈めると同時に、三度轟音が響いた。 6 また盛大に壁をぶち破って、二体目のクマが現れる。だが二体目のクマは大きな青い影に組み付かれており、攻撃を腕で防ぎながら床に転がった。影はクマを蹴飛ばし素早く離れ、茫然としている私の傍に降り立つ。 見事な青い鱗と真っ白な羽根に、目を奪われた。黄色の二本脚はスレッタの手足くらい太く、太くて鋭い凶悪な爪が生えている。短い手には羽根が生えているが、鳥のように羽ばたく為の物ではないだろう。鋭い牙の生えた口は蜥蜴に似ていて、嘴ではない。竜だ。頭の高さは二足の時のスレッタと同じくらい、私くらいなら乗せて走れそうなくらい、とても大きなラプターだった。 「エアリアル! ミオリネさんを守って!」 エアリアルと呼ばれたラプターはギャアギャウと返事をして、私の周りを一度くるりと旋回した。よく見ると目はスレッタとエリクトによく似た優し気な色をしている。首を傾げてクルクルと喉を鳴らす姿はどこか愛嬌があった。 私の姿を確認した後、エアリアルは先程とは違う鳴き方で天井に向かって二声吠え、身を寄せ合うクマをじっと見る。よく見ると二体目のクマは体毛のあちこちが裂け、血を流し、満身創痍と言って良い状態だった。 7 「ソフィ、あいつらまずい! ひく!」 二体目のクマが唸る。開いた壁の穴から、ぞろぞろとエアリアルよりも小さいラプターが複数頭現れ始めたからだ。いやこれには私も思わず声が出た。通常サイズのラプターでも小型種のイヌネコと同程度の大きさがあり、大体複数体で連携して狩りを行うと本に書いてあった。それが……何体? とにかく沢山だ。そりゃあ幾ら竜と渡り合えるというクマでもこれだけの数が居るなら劣勢にもなるだろう。スレッタは落ち着いてクマがどうするのかを見守っている。 「うっわー、すご。たたかう!」 「バカ! たたかう、しない! にげる!」 何故か前に出ようとした一体目のクマの頬をシバいて、二体目のクマは相方を引きずるようにして後ろに下がっていく。スレッタはそれを追うことも無く、じっと二頭の姿が見えなくなるまで睨み続けていた。 「ミオリネさん! 大丈夫ですか!? 怪我はない!?」 クマ達の姿が完全に消えて数十秒経ってから、漸くスレッタは臨戦態勢を解いてこちらに走り寄ってくる。赤い毛を、更に血の赤色が染めていた。 8 「私よりあんたの方でしょ。酷い怪我じゃない」 「いや、私はほら、大型種ですから。このくらいは……」 「やめて」 大したことではないと誤魔化そうとするスレッタの口を、掌でぐいっと押して止める。大型種だから、ダイアだから、他のイヌネコの代わりに戦うのは当然で、怪我をするのも当たり前で。けれどその痛みを、誤魔化して欲しくなかった。 「私の前ではやめて。ただのスレッタで居て良いから」 スレッタは目を丸くして、予想だにしていなかった様子で私を見る。スレッタは自分の力を野蛮だと言われたことを気にしていたのかもしれないけれど、少なくともその〝野蛮〟さは、ドラゴンやクマと戦ってくれるもので、私を守ってくれるものだ。だからこの子のツガイである私は、それを簡単に否定したくはない。 「私がツガイにしたのは、〝ダイア種の大型イヌ〟じゃないでしょ?」 「はい……、ミオリネさん、後で怪我、手当して欲しいです」 うん、と頷く。二足の知性がどうとか、本当にくだらない。近付いてくるケナンジとエランの声を聞きながら、私は大きな傷だらけの体を抱き締め続けた。 20260704 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 安全保障の話??? いや流石にそういう政治的意図は無いです。今回二足歩行主義者たちというのを考えるにあたって米軍と欧州の左派思想のソレみたいなのを参考にはしたけれども。そもそもリバタリアニズムって左派思想なのでこの国は左派の国だしいやまぁどうでもいいかその辺は。 さてさてエアリアルです! かっちょいい…。モチーフはユタラプトル。クソデカで13体のヴェロキラプトルを率いる激やば個体です。尚、ジェラシックワールドのブルーちゃんよりも更に大きい。単体でもまぁまぁ強いけど高度に連携して”狩り”をする。ちなみに女の子。 クマはノレソフィですね。知ってた? それはそう。 あ、メンバーシップ登録してくれた人ありがとうね!! 珈琲と牛丼美味しくいただきます。
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