


9-1 1 「ただいまスレッタ帰投しました! 本日も、異常なし、です!」 担当区画の見回りを終えて、エアリアルの手綱を引きながら基地に駆け込む。入口のコリー種のイヌが私に答礼しつつ、私の報告を起票してくれた。 「あっ、フェン総帥! お疲れ様です!」 〝中〟の勤務を表す青の腕章、いざという時指揮を担う役職を示す青と白のハーネス。フェンさんはこの中央都市の総帥の一鼻だ。恰幅がよく太った中型ネコだが、皆からの信頼は厚い。昨年度も川から遡上してきて水門で大暴れしたワニの討伐を指揮していた。中央基地から離れて〝壁〟の所に来るのは珍しい。 「お疲れ様、スレッタ隊員。本日は叙勲のお知らせと、名誉標識の受け渡しに来たんです。先の貴方とエアリアルの活躍が認められ、第二種救命勲章が授与されます。おめでとうございます。これからも励んでくださいね」 「わぁ、エアリアルの分まで! ありがとうございます!」 この前の巡回中に、プテラに浚われかけていた仔供を助けた件だろう。勲章は第一種武功、第二種救命、第三種貢献の三種類ある。叙勲されると基本時給に相当する金額が上乗せされるから、実利の伴う名誉っていう位置付けだ。 2 もらったプレートを、自分とエアリアルのハーネスに取り付けると、見守っていた同僚たちからわっと歓声が上がった。私が貰った勲章はこれで三つ目。軍に入隊する時に遡及して叙勲されるから、以前クマやプテラと戦った経験を第一種武功勲章として叙勲されているのだった。軍の基礎給は時給が約1バンリュ硬貨で日給換算だと1ノシシになる。基礎給に勲章の加算をして、更に実務時間分には壁勤務手当が載るから……私の日給は大体1.5ノシシくらいかな? 週計算すると8より少ないくらい。学生の頃、デイトレードを始めたばかりのミオリネさんにすらまだまだ及ばない。まぁ生活費はね、ミオリネさんが稼いでるから問題じゃないんだけど。記念日の贈り物はやっぱり自分のお金で出したいから。 「ラプターを現場で運用するのには批判的な声もありましたが、エアリアルの活躍のおかげで最近では軍の正式採用にすべきではという意見も上がっているんですよ。もしかしたらご実家への口添えをお願いするかもしれませんね」 「わわっ、りょ、了解しました、総帥!」 入隊した時、全然知らないイヌとペア組むよりはってエアリアルと二鼻で出撃することを許可してもらったのが、まさかそんなことになるなんて。 3 軍の中で最も主要な役割に位置づけられているのが、私が今所属している防壁での業務になる。雑に〝壁〟と呼ばれてるけれど、8時間ずつ三交代勤務で24時間竜やクマの襲来に備える、そういう地味だけど大事なお仕事だ。小型のイヌネコは主に壁そのものの運営と、壁上からの見張りが割り当てられてる。大型のイヌネコの場合は4時間かけて南北東西に分割された壁周辺を見回る仕事があった。残りの4時間は待機というか、まぁ即応できるよう備えつつ好きなことをしてていいことになってる。皆が働いている中休むのは気が引けるけれど、前衛はコンディションの悪化が死に直結する役割なので、休むのも仕事なのだった。 フェン総帥に頭を下げてその場を退く。走り回った後だからエアリアルを休ませてあげたい。いつも通り門の傍にある馬と犀の預かり所の端の端の方に連れて行く。馬房の管理員は相変わらず私を見ると鼻を鳴らして悪口を言っていた。 「ちっ、あの竜臭い成金が、また来たぜ。良いご身分だよな軍属の大型って」 犀車は街中には乗り入れられないから、門で荷物を下ろして馬車に乗せ換える必要がある。それを担ってる会社の社員なのだろう。私たちの居る北門は流通が少ないから大体暇そうにしている。食べて行けるんだろうかアレで。 4 「ちょっと働いて後は待機とかさぁ、フルタイムで働いてる俺らへの当てつけか? ってかあのイヌって資産家なんだろ? 最早金持ちの道楽だろ」 それは私のことであって、私のことではない。サマヤ家のスレッタはガンダム社の社長で有数の資産家らしいのに、何故か軍で働いてる変なイヌだ。尻尾を振る。何故そんなことになってるかなんて、あのネコには分からないのだ。 三年前の今日、私の一生を変えてしまう出会いがあった。私のパートナー、私のツガイ、ミオリネさん。私のお嫁さんは一緒に生きる為にいろんなことをした。結果として私が資産家ということになっただけで、私が稼いだ訳では無い。 「またかよ、止めろってそんなこと言うの。あのイヌは働かなくても良いのにわざわざ首輪付きしてんだぞ? 戦えない俺らの代わりに戦ってくれてんだ」 隣にいたもう一鼻が、同僚を咎める。私的には、私が軍で働いてるのはそんな高尚な理由じゃないから持ち上げなくても良いのになぁと思う。隊員の皆もそうだろう。私たちが守りたいのは、声も匂いも知らない誰かじゃないのだ。 エアリアルがピタリと動きを止めた。どうしたんだろう、じっと門の向こうを見ている。それを疑問に思うと同時に、先程の悪口言ってたネコが叫んだ。 5 「いってぇ! 何だ!?」 ネコが飛び上がって足に噛みついてきた何かを振り払う。それは真っ白なボールのように見えた。吹き飛ばされたそれは体を丸めた状態で私とエアリアルの前に転がってくると、体を揺すって不機嫌そうにキュア、と鳴いた。 目の覚めるような真っ白な生き物だった。全身短い羽毛で覆われていて、鳥に似た手羽と太い足があるけれど、嘴が無い。サイズは私の手のひら位だろうか。 「わぁ、ラプターの赤ちゃんですね。白いから捨てられたんでしょう」 ラプターの歯もまだ生えそろっていない幼体だ。白は目立つから、恐らく野生では生き残れないと親に捨てられたのだろう。研究所では、エアリアルのようなイヌネコに従う職能ペットとしての研究をする時は、見分けがつきやすいように白を好んでブリーディングすると聞いた。目立たない色は都合が悪いのだ。 小さなラプターは一丁前に口を開けて私の足に噛みついて来る。全然痛くないや。幼体の躾けする時ってお姉ちゃんどうしてたっけかな? 悩んでいるとエアリアルが一歩前に出て、小さなラプターを蹴とばし、潰れない程度に上から踏みつけて威圧的にガルルと鳴いた。そうそう、そんな感じだった。 6 「いいね、エアリアルその仔育ててみる?」 そんな提案をしてしまったのは、その仔がミオリネさんと同じ真っ白な姿だったからかもしれない。エアリアルは肯定するかのようにギャウと鳴いた。 「おいおい、殺さないのかよ! 仕事だろてめぇの! 駆除しろよ!」 噛まれたネコが抗議してくる。そんなに痛くなかったのに驚いて飛び上がってしまったのが恥ずかしいのだろう。こういう時は威圧してやれってチュチュさんが言っていたなと思い出して、無言でのしのしと近付くと途端にネコは耳を引いて尻尾をぼわぼわに膨らませて股の間に挟んでしまう。三年間で私も随分身長が伸びた。エリクトが抜かれたって悔しそうにしてたっけ。 「お怪我は無いですよね? 良かった、なら殺さなくて済みます。怪我させちゃってたら別ですが、白は縁起が良いですからね」 腕の腕章を指し示しながらそう説明する。白の腕章は〝壁〟の色だ。怯え切った匂いのネコがこくこく頷くのを確認して、にこっと笑いかける。 「大丈夫、殺すのはいつでもできますから」 ネコはすっかり委縮してしまった。うむむ、安心させたかったんだけどな。 7 14時になったので退勤し、一度エアリアルを家に連れて帰って、仔ラプターを連れて改めてガンダム社に向かう。1直だから6時14時なのだ。おかげでこうやって毎日顔を出せるので、我ながら良い所に就職したと思っている。 ちなみに、ガンダム社は我が家近くのちゃんとしたところに引っ越した。我が家近くというか、我が家が近く? エランさんがおったまげてたから相当な金額で土地を購入したみたい。おかげで今はミオリネさんが出歩くには便利な、中央に少し近い所に私たちの家がある。私の送り迎え無しでも一鼻で帰れる距離だ。 「だから、あいつは違うって言ってるでしょ!?」 尻尾を振りながら社屋を歩いていたら、ミオリネさんの怒号が廊下に響き渡った。社長室、というかミオリネさんの執務室からだ。近くを歩いていたヒトが怯えたように身をすくめていたので、大丈夫ですよと笑いかけてから向かう。 「スレッタは他のイヌネコとは違う! 私を大切にしてくれてる。そもそもガンダム社を作れたのも、あんたを迎えに行けたのも、全部スレッタのおかげなの!」 そういえばヒトの繁殖施設を一個丸ごと買い上げる算段が付いたって言ってたっけ。お父さんと会えるって楽しみにしてたけれど、なんだ真剣な雰囲気だ。 8 ドアからそっと中の様子を伺う。ミオリネさんの定位置、机よりもこちら側のソファには、背の高いオスのヒトが厳しい表情で彼女を見ていた。白よりも少し灰がかった髪、他の施設から連れてこられたヒトたちと違って、目には強い意志が見える。彼はゆっくりと、首を横に振った。ぐっとミオリネさんは息を飲む。 「っ、……あんたがダメだって言ってもね、今更なのよ。私はもうスレッタのものなの。この心も、体も! 子供だっているんだから!」 ミオリネさんのお父さんらしきヒトは小さく深呼吸して、席を立つ。これ以上聞くことはない、そう言いたげな様子にミオリネさんははっきりと傷付いたような顔をしていた。どうして、なんでよ、そういう顔。匂いを嗅がなくても分かる、ミオリネさんは多分、お父さんに今の自分を認めてもらいたかったんだろう。 あれ、これミオリネさんのお父さんこっち来るよね。そりゃそうかここ出入口なんだから当たり前か。顔合わせない方が良いのかな? 分かんないや、ミオリネさんは何か言いたげだから、彼をこのまま行かせない方が良いとは思った。思っている間に扉が開く。キャー、と頭に乗せた仔ラプターが鳴いた。 「えっと、こんにちは? ご紹介いただいたスレッタです?」 20260804 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 あ、エピローグなので2節しかないですよぉ。 白い仔ラプター:おキャリくんです。エアリアルは何歳なんじゃろ。っていうかラプトルって何歳まで生きるんだろう。知らないけどまだまだ元気にしてます。 3年後スレッタ:軍属になりました。多分ケナおじの薦め。〝壁〟勤務の大型種は一日8時間勤務で、4時間実働としての見回り巡回をして、4時間待機。待機中は壁から離れなければ遊んでても良いし鍛錬しててもいい。何かあったらすぐ出る要員。それ以外の非番の時でも、レックスとかクマが大群で着たりとかすると出張らなきゃいけないし、何かあったら前線で戦わないといけないのでその分待遇と手当てが厚い。戦闘に適性が高い中型も同じ条件で雇用されてる。 スレちゃんの月収は32万程度、3年目にしてはかなり高い。軍属じゃないイヌネコが善意で竜を撃退してくれた時の措置として、その場で金一封、それから軍属になった際に遡及して叙勲される仕組みがある。スレちゃんは6話と7話で勲功上げてるのでその影響。ミオリネさんがアホほど稼いでるので働く理由はぶっちゃけないが、辺境育ちの大型種の特にイヌは体動かしてないと不安になる為、働いている。イヌのこの性質のおかげで怠け癖のあるネコがいても社会が回っていたりする。
コメントするにはログインが必要です