本当に秋かね。 と言いたいくらいの気候が続く、とある秋の日に、自分とおなじ名前の車両に私は乗り込んだ。 出張で関西へ一人向かうことになったのである。 少々久々の乗車に少し緊張しつつも、EXなんちゃらで切符は事前購入しておりスムーズな着席&発車となった。 よしよし、とシートにもたれ、少し座席を後方に傾ける。 流れゆく窓の外の景色は美しく、少しだけ秋の訪れを感じさせる雲がまた趣深かった。 私は買っていたカフェラテをそっと車窓に添えて一息ついた。 ここまではよかった。 ここまではよかったのであります。 不意に異変に気づいたのはその時だ。 えもいわれぬ臭いが、着席した私の鼻腔を突然ついてくるではありませんか。 放置した納豆と年季の入った雑巾を混ぜ合わせたような、どこかで嗅いだことがあるようでないような、あまり遭遇したくはないそんな特徴的な香りが漂ってくるではありませんか。 私は思わず同列通路側の男性を見つめた。 横並びの三列シート、真ん中を一席あけた通路側に彼は座っている。 ゆっくりと視線を下ろすと、彼はパソコンを開いて眺めながら悠々と足を開いている。足の指も開いている。スニーカーの上には横縞の五本指ソックス。 靴、脱いどる! おまえか!? 突然、私の中のなにわのおっさんが叫んだ。 いや待て、しかし待て、彼は澄んだ目をしている。 先も私に嫌な顔一つせず道を譲ってくれたではないか。あんな目をした人が、貫禄の雑巾発酵臭を繰り出してくるとは考え難い。 落ち着くのよのぞみ。 新幹線の名にかけて。 気を取り直してもう一度、シートにもたれた。 どこからともなくフワリと漂ってくる異臭2024。 今度は我が身を見下ろした。 …もしかして、私? 今日はブラックのショートブーツを履いている。 少しでも秋を感じようという僅かな乙女心?がそのような装備を選んだわけだが、もしやそれがなんらかの異常事態を招いてしまったのではないか。 私は嫌な汗をかきはじめていた。 どうする、私なのか。 まさかの自分パターン? 確認すべきか。 どうやって。 靴を脱いで前屈で嗅いでみる? そんなフリースタイルでいくの? もし私だったら即座にスライディング土下座だ。 ああ、私はなんて愚かで浅はかな人間なんだ。 他人を散々疑っておいて、自分だなんて…… だなんて…… あかん。 やっぱりくさい!! 私の中のなにわのオッサンがもう一度登場した。 オッサンちょい待って。いらちで気ぃ早いねん。 特殊な香りは波のように絶え間なくやってくる。 私は動揺して視線をあちらこちらに彷徨わせた。 前か、横か、自分か、後ろか。 すると目に入ってくる自分の座席シートと隣の席の隙間から微かに見える、後ろの男性の……足! 靴、脱いどる!!! おまえか!!? 確かにこのスメルは私がシートに深くもたれる度に押し寄せてくる。気がする。気がするぞ。 もしかして、もしかすると、この人なんちゃう? 敵は本能寺ならぬ真後ろにあり。 おまえか、おまえが明智なんか。 なんということだ、私は罪もない通路五本指ソックス氏を疑い、危うくヘイトを向けてしまうところだったではないか。 でもって自分すらも疑い、罪悪感にまみれ哀しみと動揺に翻弄された。返してくれ自責タイムを。 さて、どうしてくれようか。 私はシートの隙間から除くチャコールグレーの紳士ソックスに軽く睨みをきかせた。 せやけどどうする。 急になにわのオッサンが話しかけてきた。 んんん?なんだオッサン。 先は散々鼻息荒く怒ってたのに。 足臭いんでやめてくれますか?言うんか。 え。 私は内なるオッサンに言われ再び動揺した。 確かに、どうしよう。 こういう時なんと言えば正解なのかしら。 どんな顔したらいいかわからないの。 臭いをやめる、とか出来るのかしら。 汗拭きシートでも差し上げる? スプレーでもかけてもらう? 靴を履いていただくのが穏便かしらね。 けれどそもそも、この人でなかったら? そうです。 臭いは目に見えないのであります。 この方でなかったら失礼千万とんだ濡れ衣です。 そして私ではないぞ。と言われたら、どうする? みんなに嗅いで確認してもらうのか? 周りの乗客らは皆穏やかに座っている。 涼しげな顔で、なんてことないように。 もしや皆はそうではなくて自分だけがそう感じているんじゃないのかね。 今度は私のなかに思慮深いヒゲの紳士まで現れた。 その可能性は、 無きにしも非ず。 昨今の日本はスメハラだ、なにハラだと、なにかと繊細な意見が交わされている傾向にもある。 確かに、自分と皆様の感覚が同じとは限らない。 自分の意見に同意を得られるとも限らない。 自分と同じ感覚、感性、考えの人がいることの方が稀で、奇跡的と思うこともある。 そうよね、だから戦争はいつまでも無くならず、 私を応援してくださる方々は貴重で尊いのだもの。 私は窓の外を眺めながら世界平和とのぞ民に想いを馳せた。 君子危うきに近寄らず。 李下に冠を正さず。 かもしれませんけども。 ああ疑心暗鬼。 さあどうする。 どうするのぞみ。 戸惑いと憂いをにおわせながら、"のぞみ"はそのまま目的地へと走ってゆくのでした。 追伸:スメルは途中のどこかで消えました。
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