タタタ、と遠くで響く銃声で目が覚めた。 辺りを見回すと、廃墟と言う他ないほど荒廃した世界。それを覆い隠すような土煙、猛烈な黒煙。悲鳴、怒号。肌を揺らす爆発の振動、遮る物無く降り注ぐ痛い程の直射日光。 ここは紛れもなく戦場であった。 一体何故こうなってしまったのか。俺は何も覚えていない。 現実感なんて無い。あるはずがない。俺は生まれてこの方二十数年、平和な日本で暮らしてきたはずなのだから。 そんな寝ぼけた俺の耳元を、一発の銃弾が目覚まし時計よろしく飛んでいく。 その音が、衝撃が、これは間違いなく現実なのだと残酷に突きつけてきた。 ――このままここにいては危ない! 俺は即座に、脇にあった銃を持って走り出していた。 「おい!」 突如声を掛けられる。振り返ると見慣れた奴がいた。良かった、Nの奴、生き残っていたか! 「N!」 「何をしている! こっちだ!」 その言葉に従って走り出す。道中、友軍の死体を幾つも見かけ、見慣れた奴らの死に顔に吐き気を覚える。だが立ち止まったら今度は俺がその仲間入りだ。走る、走る。必死に。 「止まれ!」 道中、声を掛けられる。そちらを見遣ると俺と違う軍服を着た男が銃を構えていた。 背筋が凍る。 ――殺される! 「おぉぉぉ!」 タタタッタタタッ! Nが叫びながら敵を撃ちまくる。血飛沫を上げて、敵の体は力無く崩れ落ちた。 「ボーっとしてんじゃねぇ! 生きるぞ! 生き残るんだ!」 Nの力強い言葉。 そうだ。俺はいつもこいつに励まされてきた。 「お、おう! 生きるぞ!」 俺の返事ににやりと笑い返し、Nはまた走り出す。俺はその後を付いていく。 戦場を、ひた走る。息が切れても立ち止まる暇なんて無い。休んだらそこで終わりだ。 体中がヒリヒリとする緊張感。ずしりと重たい銃。これを……使わなければならない時が来るのだろうか? 先程の瞬間を思い出し、震え上がる。 人が死んだ。Nが殺した。そうでなければ俺が殺されていた。俺は……引き金を引かなければならなかったはずだ。 ……次もNが助けてくれるとも限らない。俺が、引き金を引かなければ…… 俺の命を守る銃を握る手に、思わず力が入る。グリップは不思議と手に良く馴染んだ。 と、不意にNが立ち止まる。合わせて俺も立ち止まる。 「……敵だ……」 押し殺すようなNの声に、ギクリとする。ここが戦場である事は重々分かっているつもりであった。死体だって幾つも見てきた。 だが生きている敵と今遭遇した。幸いにしてこちらが先制攻撃を仕掛ける機会を得た。 ――……撃てるのか? 撃つ。身を守る為には仕方ない行為。たった今、俺は他人の生命を奪う。ついさっき、覚悟を決めたつもりではいたが、改めてそうしなければならないと突きつけられ、俺は恐怖で竦み上がった。 「構えろ……相手は一人だ」 「ま、待ってくれ。本当に撃つのか?」 殺すのか?とは問えなかった。 俺の間抜けな問いに、怒りを押し殺してNは答える。 「殺さなきゃ死ぬぞ。死にたいか?」 覚悟の出来た眼差し。俺とは明らかに違う。そして今、俺の前には選択肢など無い。 首を横に振って、銃を構える。Nは一つ頷き、合図と共に一斉に壁から飛び出す! 「うぉぉぉぉ!」 タタタタタタタタッ! 二つの銃声が響き渡る。敵は完全に不意を衝かれ、こちらに気付いた瞬間にはもう血飛沫を上げていた。 ドサリと死体が倒れ、静けさが戻る。 どちらが撃った弾で死んだのかは関係ない。俺は、人間に向けて銃を撃ち、そしてその人間は死んだ。 その事実が全身を強ばらせ、俺は立ちつくしていた。 「よし、クリア。進むぞ……おい?」 銃を撃った衝撃も反動も、この手に残っている。俺は、俺は人を…… ゴッ 強い衝撃が頭を襲う。 「ボーっとしてるな! まだここは安全じゃない、走らなきゃ死ぬぞ!」 Nからの強烈な気付けのパンチ。強烈すぎて意識が飛んでしまいそうだったが、しかし強ばりは取れた。 「……すまなかった。行こう」 これは現実だ。即座に決断し、行動しなければ死ぬ。 走らなければ死ぬ。殺さなければ死ぬ。まだ少しも油断出来ない状況だ。俺たちはまた、走り出す。生きる為に。 「やれやれ。ようやく一息つけるな。どうだ、どこか痛む場所はないか?」 俺たちが滑り込んだのは友軍の拠点の一つ。拠点とは言うものの、人目の付かない建物の隙間に物資を並べ、少しばかりの補給が出来るだけの場所だ。だが、それでも今の俺たちには十分ありがたい。 「あぁ、何とか大丈夫だ。さっきは助かった。ありがとう」 「礼なんていちいち言うな。戦場じゃお互い様だろ?」 ガシッと力強く握手する。何度も繰り返して来た、お互いの意志を確認する行為だ。 握り返されるNの力強さよ。これこそがまた、俺の心に生きる意志をもたらしてくれる。 「とりあえず一度態勢を立て直す必要がありそうだな……ここからもう少し行った先に、この辺全体を統括している司令部があったはずだ。幾らなんでも本部には何かしら物資が残っているだろう。 場所については打ち合わせ、受けてきてただろう?」 そう言えばそんな気もしてくる。 「そうだな、それがいい。今この状況もどうなってるのかさっぱり分からない。そこならこの戦況全体を俯瞰している上官もいるはずだ。押すにも引くにも情報や指示が欲しい」 とにかく今のこの状況が一体何なのか、どんな風になっているのか、全く分からない。Nにしても適切に判断出来るほどの情報はなさそうだ。 俺の提案に、しかしNは嘲りを交えた溜息と共に、吐き捨てるように言う。 「はっ! あの上官様の指示を仰ぐ? 止めておいた方が良いだろう。この状況に陥ったのだって、元はと言えば奴の判断が甘かったからだ。戦況分析すらろくに出来ているか分かったもんじゃない。 ……まあお前がそう言うんだ、一応はそれに従おう。バカな事を言い出さなきゃいいがな」 ひどい言い様だ。思わず苦笑してしまう。 しかし、ふと思う。 上官……上官を頼る……あれ、どんな顔をしていたっけ? 何度思い返しても、思い出せない。打ち合わせは確かに受けたはずだ。だがその作戦内容を話したはずの上官はどんな顔だったか。 きっと今、この状況がショッキングすぎて忘れてしまっているだけだ、と自分に言い聞かせ、奴と共にこの拠点を後にした。 再び戦場を駆け抜ける。そこもまた地獄絵図だった。 相変わらず飛び交い続ける銃声。そこら中で響き渡る悲鳴。爆弾の炸裂する衝撃。 耳も目も塞いでしまいたい程の悲惨な状況。俺たちはこの真っ只中を走り抜けなければならなかった。 鼻がすっかりおかしくなってしまったのか、何の臭いも感じない。いや、その方が良い。きっとここの辺りには血と火薬と埃の臭いしかない。それならば、臭いなんて感じない方が良い。 途中何度も敵に襲われた。Nが素早く気付き、俺に指示を出す。俺は、Nのカバーには入り、敵を倒す。血を吐きながら、あるいは爆裂していく敵を見て、何度も吐きそうになる。だが、そうしなければ生き残れない。 「た、助けてくれ……」 道すがら、傷ついた友軍から声を掛けられた。虚ろな目、飛び出た内臓、夥しい血。見た瞬間に、もうダメだと分かる程の重傷だった。 「……無理だ、お前はもうどうやっても助からない」 薬もない。処置の知識もない。彼の痛みを和らげてあげる事すら出来ない。 絞り出すように、残酷な現実を突きつける事しか出来ない自分の無力さが恨めしい。 「そうか……なら、せめて……」 切れ切れの声で、しかし最後までは言葉が続かない。もう呼吸すらしんどそうだ。 何を言いたいのか、俺には分かっている。やりたくなんてない。だが、やらない事はそれよりも残酷だ。 俺は静かに銃口をそいつの眉間に向け、引き金を引いた。 奴の苦しみは終わった。俺の涙は止まらなかった。 更に走り続けていると、人の気配がした。 「N! そこに誰かいる!」 高まる緊張感。二人で物陰に潜む何者かに銃を構える。 「撃つな! 味方だ!」 両手を挙げながら物陰から出てきたのは、間違いなく友軍であった。 ホッとしながら銃口を下ろすと、そいつも安心したように話し出す。 「勘弁してくれよ。味方に銃を向けられるたぁ、ぞっとしないぜ。そんで間違って撃たれたなんて言ったら目も当てられねぇ」 「全くだな」 安心したNが彼に近づいていく。それを見た彼は、一瞬ぎらりと目を光らせ、電光石火でNの背後を取った。 「!?」 不意を衝かれたNはそのまま後ろ手に抑えつけられ、こめかみには拳銃が突きつけられる。 「何をしている!?」 「悪いな、俺が生き残る為なんだ。俺は強い方に付く」 「裏切る気か!?」 「裏切る? 先に裏切ったのは軍の方じゃないか! 何だこの戦況は! こんな事態、聞いちゃいなかった! 俺はただ、生き残りたいだけなんだ!」 「……それは俺たちも同じだ。銃を下ろせ。見逃してやる」 Nの絞り出すような声。だが、興奮した彼はますます激高する。 「見逃す!? 俺をか!? 俺はお前らを殺して、あっち側の人間に裏切った事を証明するんだ! だから殺さなきゃならないんだよぉ!」 銃口をNにグリグリと押しつける。 目がまともじゃない。言っている事もだ。俺は……決断しなければならない。 「どうしてもNを殺さなきゃならないのか?」 「はっ! 勘違いするな、お前もだ。今、楽にしてやるよ……」 言うなり彼は銃口を俺に向ける。 ――もう、ダメだ。話が通じる相手ではない…… 俺は覚悟を決めて、銃を構える。 「おっと撃つなよ。お前の撃った弾でNが死ぬぞ」 彼は自分の体がNで隠れるように体勢を変える。彼の体で見えている部分は僅かに頭部のみである。 俺は、銃を下ろさない。 「構うな、お前が生きる為に、撃て」 Nは覚悟を決めた顔で言う。 「黙れN!」 「撃てぇ!」 Nの怒号。彼の注意がNに向き、ほんの少しではあるがNとの距離が出来る。 行ける! タタタッ! 俺が撃った弾丸は彼の脳天に直撃し、一瞬のうちにその頭を吹き飛ばした。 「N!」 Nは無事か!? 走り寄る俺を、Nは手で制す。 「あ、あぁ、大丈夫だ。耳はバカになってるがな」 ホッとした。死体になった彼をどかし、Nの手を引いて立ち上がらせる。 「ありがとう。良い判断だったぞ」 Nの言葉に、俺は少し苦い表情をする。 どういう形にしろ、俺は友軍を殺した人間だ。トドメとも違う、イヤな『感触』が指先に残っている。だから誉められて素直に喜ぶ事は出来なかった。 ――彼だって生きたかった。それだけのはずだ。 俺たちがここを通らなければ、彼は生きられただろうか。その先で幸せになれたのだろうか。 これから先出会う友軍にも、同様の疑いをかけなければならないのだろうか。仲間同士で銃を突きつけあって…… 思考が暗くなっていく。頭を振ってそれを払いのける。そして、精一杯の笑顔をNに向ける。 「……お礼の言いっこはなしだっただろ?」 俺の言葉にNは一瞬キョトンとし、そして笑い出す。 「ははっ! そうだったな……俺とお前だけでも、生き残るぞ」 あぁ、こいつは俺の心が分かっている。心が折れそうになる度、Nは俺を励ましてくれる。そうだ、生き残らねば。 Nは、何度も消えそうになる俺の魂の火を何度も熾してくれる。思えば長い付き合いだ。 こいつとは……あれ、どこで出会ったんだっけ? 「そっちに進むぞ!」 Nの声に、思考は一気に現実に戻る。そうだ、今は思い出に浸ってる場合ではない。走らなければ……生きなければ! 敵を見つける。気付かれないように照準を合わせて引き金を引く。撃つ。倒れる。そして先に進める。敵が現れる、即座に撃つ。 手に伝わる衝撃も、強烈な銃声も、現実の物だ。だが、繰り返していく内に最初の頃に感じていた罪悪感は徐々に薄れ、まるでゲームのように現実感が失われていく。 「うぉぉおお!」 Nの必死の声。これが、偽物である訳がない。俺はこの現実を生き抜く! 「おぉぉぉおぉぉ!」 声を上げる。敵を倒す。俺が生き残る為に! どれほどの距離を走り抜けたのだろうか。まるで記憶にない。Nが、これまでの緊張感から少し緩んだ声を上げる。 「! ……あれだ、あれが司令部だ!」 あぁそうだ。何となく見覚えがある。俺たちは無事、駆け抜ける事が出来たのだ。長い長い道程だった。これで俺たちは生き残れる……はずだ。 ボロボロの壁。崩れ落ちそうな天井。埃っぽいが、無臭の不思議な空間だ。しかしこの惨憺たる状況、とても司令部とは思えない有様であった。 辛うじて部屋としての体を保っているこの空間に、俺とNと上官、合わせて三人しかいない。 上官。そう言えばこんな顔だった。戦場の厳しさなどまるで感じさせない、大柄と言えば聞こえが良いが、単純に太っている男だ。そのくせ眼光だけは妙に鋭く印象的だ。何故忘れていたのか不思議なくらい強烈な顔をしている。 俺たちからの状況報告を聞いた上官は、しかし芳しい答えなど持ち合わせていなかった。 「状況は厳しい」 蹙め面の上官は絞り出すように言う。そんな事、言われなくたって知っている。そして続けて吐いた言葉が更に信じられない物であった。 「だが、この局地は死守しなければならない。我々に残された作戦は、敵の元への突撃のみである!」 目を丸くした。今までの道程を思い返す。あの地獄絵図、あの状況で、死にに行けというのか!? 当然Nが怒り出す。 「上官殿! それでは我々は犬死にです! ここは一度退却し、友軍と合流、捲土重来を図るべきです!」 「そ、そうです! ここにいる三人で、どうやってこの状況を押さえ込めと言うのですか!」 俺の言葉に上官は、一拍間を置いてから答えた。 「三人ではない。二人だ」 「……は?」 「君たち二人で突撃し、戦況を掻き乱すのだ。私はその間に後方に下がり、情報を持ち帰る。君たちの死は無駄にはならない」 天地がひっくり返るような目眩を覚える。こいつは正気で言っているのか!? 「てめぇ!」 怒りに任せてNは銃を上官に向ける! 「おい! 上官だぞ!?」 「そんな事関係有るか! コイツは今! 俺たちに死ねと言ったんだぞ!」 Nの怒りを一身に受けながらも、しかし上官は全く動じていなかった。 「そうだ、君たちの死は無駄にはならない」 「あんたが無事に撤退できるもんなぁ!?」 「必ず友軍を率いて戻ってこよう」 「何ヶ月後だ!? 何年後だ!? どっちにしろ俺たちはもう死んでるだろう!」 「国家に尽くすとはそう言う事だ」 「俺は国家なんて関係ない! 帰りたい場所がある。その為には何だってやるぜ……例えば上官殺しだってな!」 Nの目は真剣だ。今にも暴発しかねない空気。 「……君はどうするかね?」 ふと上官が冷静に、俺に尋ねる。 「お、俺!?」 激しく動揺する。そうだ、俺も確かに当事者だ。だが、ここでこの決断を迫られても……!? 「そうだ、お前が決めろ! お前が従えと言うなら俺は銃を下ろす。お前が撃てと言うなら俺は躊躇い無く撃つ!」 まさかのNの賛同。内容は物騒である。 「なななな、なんで俺なんだ!?」 「彼は何を言っても私の言葉を聞き入れまい。ならば多数決と行こうじゃないか」 そんな無茶苦茶な! 「さあ! どうするんだ!」 「どうするかね?」 「早く決めろ!」 そんな……俺は……俺は、どうするんだ?! 「俺は……!」 俺は、決断した。 平和で穏やかな昼下がり、穏やかな日差しの入り込む廊下で小男が大柄な男に声を掛ける。 「あぁ、部長。先日はどうも」 「おぉ、君か。先日、あれの試運転をやってみたところだ」 「お、そうでしたか。如何でしたか?」 「なかなか良い出来だったよ。テストで入った彼は最後までそれと気付かなかったそうだ」 「それはそれは。頑張った甲斐があります。で、彼はどうだったんです? 確か、ウチの会社の最終面接に来た彼をテストに使ったんでしたよね?」 「そうそう。極限状態に追い込んだ時にどんなリアクションをするのか。仮想現実、VRの一つの極致であると感じたよ」 「それはそれは、ありがとうございます」 小男は卑屈さを伴ったお辞儀をわざとらしくした。 この小男はこの会社の開発部で、特に仮想現実装置の開発に力を入れているのだ。 通常のVRの場合、視覚情報、そして聴覚情報によってまるで別な場所にいるかのように体験させるものであるが、今回の開発ではそこに更に肌への振動などの触覚情報を追加し、より臨場感を高めたものとなっている。 加えて特殊な薬剤で寝かせる事で、装置を付ける際の違和感を取り払い、更には記憶をあやふやにする事でVRと現実の境界線を曖昧にする事に成功している。恐らく被験者の彼は目が覚めたら突然戦場にいて、長らく一緒に戦ってきた戦友が側にいるように感じているはずだ。 小男はこの装置の開発に数年程掛かっており、社内からも白い目で見られている。 そして大柄な男はその上司。この無茶なプロジェクトを強引に推し進め、小男を扱き使ってここまで完成させた男なのだ。 その為に無茶な内容、無茶な納期。まさに戦場のような現場と化し、同僚達は何人も倒れ、他社へ逃げ出そうとする者も現れた。この上司はそれを労うでもなく許すでもなく、時折事務所を訪れては激怒し、脅し、更なる地獄絵図を作りだしていた。 予算を、そして給料を出してもらっている以上小男には逆らいようもなく、しかしこの上司は好きにはなれなかった。 「ただ、彼も時折あれが現実ではない事を感じているような瞬間が何度かあったな。何か原因分かるかね?」 鋭い眼光が小男を射抜く。実は小男はこの視線が少し苦手だ。 「はあ、恐らく嗅覚情報がない為、でしょう。想像以上に嗅覚というのは現実感というものに影響を与えるようです」 「それを追加したら良いじゃないか」 「いやぁ、それがなかなか。プシュッとタイミングを見てやる事自体は簡単なんですが、常に臨場感溢れる、となると何とも……消耗品になりますし、映像の長さとの兼ね合いにもなります。もう少し予算があればまた別なのでしょうが」 「予算、ねぇ……まあこの現状でまずは販売を開始してみて、その後だな。まずは開発資金の回収だ」 「よろしくお願いします。……ところで最終面接の彼、どうなったんですか?」 小男はふと疑問を口にした。 「ああ、彼か。状況への適応が早く、倒さなければならないと分かれば敵を容赦なく撃ち、味方をも割り切ってしまえば殺してしまえる。普通の人間だったら躊躇ってしまう事も平気でやれる素質を持っている。 我が社に入ればそれなりの活躍をするであろう人材だったが……落としたよ」 小男は驚いた。言葉の前半部ではおよそ高評価であった彼がなぜ落とされたのか、不思議でならなかった。 「えっ? それはまた、何故?」 「……最後の最後で上官を撃ったからな。我々に必要なのは、優秀なだけの人間ではない。どんな状況にあっても上司に逆らわない部下だ。彼はとっさの時に上司に逆らい、内部告発や内乱を起こしかねない危険人物だ。そういう危険性は、入社前から排除しないとな」 「はぁ、なるほど……」 小男はこの会社の将来について、一抹の不安を覚える。果たしてそれだけで会社はやっていけるものか? そんな事を考えていると、大柄な男は意地の悪い笑顔で言葉を続けた。 「そうそう。君に聞きたい事があったんだ。 何故最後の無能な上官が私にそっくりだったのかについて。死に顔もなかなかリアルだったよ。 ぜひ詳しく聞きたいなぁ。お昼、これからだろう?」 がっちりと肩を組まれ、苦笑いの小男はますます小さく見える。そして恐らくそのまま、会社から居場所がなくなるのだろう。 会社の将来どころか自分の将来について、その暗澹たる物に小男は静かに項垂れた。
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