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2022/07/23 01:04

過去からの手紙 第三章 ー 病 ー

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 部屋の中の温められた空気が白く冷たい空間から急に入ってきた香堂の胸を締め付け苦しくさせた。床の表面を覆う冷たい空気は依然として縄張りを主張するかのようにそこに居座り、その温められた空気を上へ上へと押しやっていた。その押しやられた熱い空気は行き場を失い部屋の中に入ってくる来訪者の顔を容赦なく包み込み息をすることでさえ困難にさせていた。香堂はその熱さのせいで目眩さえしていた。耳の中の空気が膨張していくような重く鈍い感覚が押し寄せてきた。そんなことを気にもせずに炬燵に足を差し込みテレビを観続けている明日香を不思議に思った。明日香は熱い紅茶を平気な顔をして飲んでいた。 「どうかしてる…」 香堂は俯き眼を閉じた。 「おい明日香、ちょっと換気したほうがいいんじゃないのか」 香堂の声が聞こえている筈なのに明日香は返事もせずにテレビを観続けていた。呼吸の合わない間の抜けた会話に苛立ちを感じた。仕方なく香堂が窓に近付いて窓の鍵のレバーに手を掛けたその時、今までに聞いたこともないような大声で明日香が怒鳴った。 「やめて。勝手にそんなことしないで。馬鹿じゃないの」 言葉の語尾を聞こえないように小さく言ったつもりなのだろうが、それは香堂の耳に突き刺さるように確実に届いていた。背後から聞こえたその声に驚愕し、同時に頭に熱い血が流れ込んで行くのを感じた。吹き出てしまいそうな怒りが身体全体を麻痺させた。しかし振り向く前のほんの一瞬でそれを無理やり抑えた。ゆっくりと明日香の方へ向き直ると自分も炬燵の中に足を滑り込ませた。そうしている間にも抑えた筈の怒りが吹き出しそうになった。理解の域を超えた形の定まらない粘々な塊を口から吐き出してしまいそうな醜悪な感情が胸を圧迫した。 「明日香、お前何そんなに怒ってんだよ。お前最近ちょっとおかしいぞ」 ゆっくりと明日香を宥めるように話し始めた。いくら怒りを抑えたとは言ってもその言葉に不満の色を隠すことはできなかった。香堂は明日香の怒りを口実にして精神科医の診察を受けるよう促そうと思った。そうでもしなければ他にその話を切り出すためのきっかけが見つからなかった。 「別に怒ってなんかいないわよ。貴方が勝手なことするから悪いのよ」 明日香の声はさっきの怒鳴り声よりは確実に小さくなっていたが、香堂が優しく話しかけているにも拘わらず、その怒りの度合いは少しも下がってはいなかった。明日香の瞳に青白い怒りの炎が揺らいでいるように見えた。以前とは全く変わり果ててしまった恋人を心配するが故の忍耐も、ずたずたのサンドバッグが破けて中の砂が零れ落ちる寸前のような疲れ果てた物に変わり果てていた。香堂はその場で自分の思っていることを全て明日香に話そうと心に決めた。 「お前、前はそんなに怒りっぽく無かった筈だろ。正直に言うけど、今のお前本当におかしいよ。お前は気付いていないだろうけど、お前がそんな態度取るから俺ここに来ずらくなってるんだ。俺ずっと考えてたんだけど、お前もしかしたら家族がみんな死んだことを思い詰めてそれで自分をコントロールできなくなっちゃったんじゃないかって…」 香堂は自分なりに相手を思いやる言葉を選んで口にしているつもりだったが、明日香にはそれをこれっぽっちも感じ取ることができなかったらしい。明日香はゆっくりと頭を項垂れて見せた。俯けた顔の端から鋭い眼をちらつかせていた。眉間に数本の皺が寄っていた。そして今までとは違い声のトーンをぐっと低く下げた。やはり納得して貰える訳はなかった。 「正明、あんた私が病気だって言いたいの。ふざけるのもいい加減にしなさいよ」 明日香が怒りの度合いをそれまで以上に上げたように香堂の目に映った。その証拠に明日香の鋭い眼の白い部分が今までより数段赤くなっていた。瞳の中の青白い炎の色が叙々に深い紅色を呈していくような気がした。気のせいなのか眉間の皺の深さが増したように見えた。香堂は怯むことなく話を続けた。 「そうだ。多分お前は病気なんだよ。俺はさっき精神科医に相談に行ってきたんだ。お前の以前とは比べ物にならないような怒りや、嫉妬や、たまに見せるお前じゃないような眼のことを相談してきたんだ。医者は病気の可能性が無いとは言い切れないって言ってた。明日香、俺も一緒に行くから一度医者に診察してもらわないか」 香堂が話し終わるのと同時に明日香が何かに弾かれたように立ち上がった。目の鋭さが増し、遠くを見据えているようだった。両手が硬く握り締められ、幾分痙攣しているかのように見えた。香堂はアパートに来る前から既に明日香のこの行動を予測していた。香堂も明日香とほぼ同時に立ち上がっていた。背筋から首筋へと一直線の戦慄が貫いた。同時に爆発寸前だった怒りと、予期していた明日香の行動が実際に目の前で起きていること対する無念感が胸を突き上げた。恐らくこの後台所へ行く筈だと香堂は思った。いつでも明日香を押さえられるように身構えた。思った通り明日香は身体を台所の方へ翻した。香堂は台所へと向かう明日香の背中を少しずつ距離を縮めながら追い始めた。まだ台所に行くとは限らない。ぎりぎりまで明日香を抑えるタイミングを見計らっていた。ついに明日香の腕が先端の鋭く尖った包丁の取っ手へと伸ばされたその瞬間、香堂は抱きしめるように両手を明日香の胸に回した。明日香は怒りに任せてかりそめの力を振り絞っているようだった。自然と香堂の腕にも力が入った。香堂の胸に嵐のような怒りと無人島にひとり取り残されたような悲しみが交錯し絡み合い、適当に巻き取られた長い糸屑のようないびつな塊を胸の中一杯に作りあげていった。 「離して」 香堂は明日香の怒鳴る声に構いもせず、そのまま抱え上げ部屋に戻ると、押し潰すように炬燵に無理やり座らせた。明日香は堪忍したのか、それから立ち上がろうとはしなくなった。 「明日香…。お前俺を殺す気なのか。お前自分でおかしいって思わないか。こんなこと今まで一度もなかったろ。俺帰るよ…。お前の怒ってる顔見たくないから…」 そう捨て台詞のように呟くと急いで部屋を出た。心が切り刻まれる思いだった。  冷たい雪を顔で受け止めながら白い歩道を歩いていた。香堂は泣いていた。いったい何が明日香をあんな女にしてしまったのかと憤りを感じていた。怒りを抑えることができず道端に立っている電柱を握り拳で思い切り強打した。香堂の右手の拳の関節を覆っている皮が数箇所ずり剥け、どろっとした粘りのある赤褐色の血が流れ出た。歩き続ける香堂の腕が振られる度にそれは落ちるのか落ちまいか迷ってでもいるかのように拳に留まっていた。ついにその雫がたった一滴、歩道に積もった雪に落ちていった。温かい血は積もった雪をほんの少しだけ抉りその場で赤い模様となって留まった。香堂はそんなことにはこれっぽっちも気付かずに歩き続けた。  いつしか駅の構内を歩きながら右手が疼くのに気付くと、それを目の前にゆっくりと翳してみた。関節を覆っている薄い肉と皮が一緒に数箇所抉られていた。寒さと乾燥のせいで血は固まり始まっていた。まだ落ちずに指の付け根にくっついているその小さな肉片の一つ一つを傷口に蓋をするように戻した。顔の筋肉は無意識に大きく歪み、口はだらしなく半開きになった。 「何てことだ。なんで俺がこんなことしなきゃならないんだ」 その小さな呟きは慌ただしさの去った通勤時間帯後の静かなホームの薄明かりの下で、夜の均衡を保つかのように足元の冷たいコンクリートに吸い込まれ消えていった。  自宅の暖かい炬燵に足を差し込んで仰向けになって寝転んでいると、温まった血が身体全体に循環し始めた。しかしその温かい血も冷え切った心の中にまでは巡ってはこなかった。何もかもを失ってしまったような無念感がそれを妨げている気がした。明日香に対する疑心と後ろめたさの堂々巡りを繰り返す思考にも苛立ちを感じずにはいられなかった。右手の拳にはその温められた血が脈を打ちながら通過していくのが分かった。香堂はまた血が垂れ始めたのではないかと、目の前に右の拳を掲げてみた。ずたずたになった無残な握り拳を見て余計に苛立ちが増した。  丁度その時香堂の母親が味噌汁の入った鍋を抱えて畳の居間に入ってきた。 「正明、ご飯だよ。ごろごろしてないで少しは手伝いなさいよ。直美がいてくれたら助かるのにねえ」 直美というのは香堂の姉の名前だ。香堂の母親は一昨年結婚して嫁いだ娘のことを言っているのだった。香堂は仕方なく配膳を手伝った。いつもと同じように母親と二人きりの夕飯だった。父親が残業で帰りが遅くなることはさっき母親から聞かされていた。炬燵に座りながら最初二人は無言で食べていた。香堂は食べている間も明日香のことが気になって仕方なかった。 「あんたその傷どうしたの」 母親が箸を握った香堂の右手の傷に気付いて驚きの声を上げた。母親に急に話し掛けられて香堂は最初何のことだか分からずにただ黙っていた。香堂は視点の定まらない中途半端な視線を母親に投げかけていた。母親は箸の先で突くように香堂の右手を指し示した。 「手だよ手。その手の傷はどうしたんだって訊いてるのよ」 香堂はまだ疼いている右手の傷を箸を持ったまま再び目の前に翳してみた。まだこびり付いている血がその痛さを物語っていた。香堂は本当のことを言っていいものか一瞬戸惑った。 「電柱をぶん殴ったんだ。頭にきてさ」 香堂は言ってしまってから幾分後悔した。母親の愚痴という名のDOHCエンジンを始動させてしまうようなものだと気付いたが、後の祭りだった。母親は顔の筋肉を歪めて何度か箸を口に運ぶとまた話し出した。 「正明、あんたもう大学まで卒業したんだからあんまり馬鹿なことばかりやってないで早く就職口でも見つけなさいよ。父さんは何も言わないけどわたしゃあんたがいつ独り立ちできるかって気が気じゃないわよ。ちょっとはこっちの身にもなっとくれよ。電柱なんか殴っていったい何の得になるって言うんだい。本当に馬鹿だねあんたは。馬鹿なことするのもいい加減になさいよ」 母親の口の中にはまだ食べ物が残っていたが、それでもこれだけは言わせてくれと言わんばかりにもごもごと喉を詰まらせたような声を喉元から発していた。香堂は母親のその言葉を聞いてそれ以上話すのが面倒臭くなった。就職できずに親に迷惑を掛けているのは自分でも十分承知しているのだが、それをあえて母親に言われるといつものように遣り切れなさが心を満たしていった。それから2人はテレビを見る振りをしながら黙って食べた。2人とも気まずい雰囲気に身体全体を覆われながら美味しい筈の夕飯をまずく感じながら食べていた。  食事を終えて自分の部屋に退散してきた香堂は、再び明日香のことを考えていた。明日香の心は病に冒されていると考えている自分が、興奮している明日香のことをひとり残してきてしまったことを幾分後悔していた。心の病だけに何をしでかすか分からないと思うと居ても立ってもいられなかったが、既に心の半分をもうどうにでもなれという諦めの気持ちが占領していた。暖かい炬燵に足を差し込みながら考えているうちに、気まずかった夕食が空腹感を追いやってしまったせいかうとうとと眠りに引き摺り込まれてしまった。  気が付くと壁に掛けられた時計の針は10時を示していた。香堂はほぼ無意識に携帯電話を握っていた。そして同時に明日香に電話をかけていた。しかし期待していた呼び出し音は鳴らなかった。その代わりに機械的で冷酷な女の声のアナウンスが流れた。明日香と付き合い始まってかなりの月日が経っていたが、これは全く初めてのことだった。携帯電話のボタンを押し間違えたのかと思い、もう一度明日香の電話番号を液晶画面に引っ張り出し、今度は確認してから掛け直してみた。やはり機械女のアナウンスが聞こえてきた。香堂の心臓が幾分強く速く鼓動し始めた。「まさか」という言葉が右脳と左脳の間を何度も往復した。もう一度時計を確認してみた。カチッカチッという秒針の音が刻々と時を刻んでいた。まだ電車の最終に間に合う。香堂は弾かれたように飛び起きると脱ぎ捨ててあったジャンバーの襟を鷲掴みにして廊下を駆け抜けて玄関に出た。「母さん、俺ちょっと出掛けてくる」 母親にひと声掛けながら玄関を飛び出すと暗く寒いまだ雪の残っている夜道を駅に向かって足早に歩き出した。  歩いている途中も何度か電話を掛けてみたがやはり呼び出し音は鳴らなかった。香堂の歩く速さが少しずつ増していった。血のこびり付いた手の傷の疼きは既に感じることができなくなっていた。  駅の構内で時刻表を見ると最終までにまだ何本か電車が来ることが分かった。香堂は急いで切符を買うとホームに飛び出した。改札口の端の方に立っていた駅員が何事が起きたのかと言いたそうな顔をしながらしばらくの間半開きになった口を閉じようとはしなかった。香堂はホームで電車を待つ間、もう一度明日香に電話を掛けてみたがやはり呼び出し音はその小さなスピーカーから聞こえてはこなかった。香堂の額には夥しい数の小さな汗の球が張り付いていた。不安と後悔が入り混じり胸の中を圧迫し苦しくさせた。蛍光灯の光が作り出だす薄っすらと明るい光が利用客のまばらになったホームを包み込んでいた。その境界を持たないぼんやりとした空間に風に靡いて口から尾を引く長く白い息が音も無く吸い込まれていった。    暗闇を照らし出すテレビの光はそのシーンの変わる度に様々な色と形となってまるで生き物が部屋の隅々を動き回っているかのようにその影と形を変えた。波打つ炬燵布団が黒く分厚い生きた生命体のように見えた。ただ重力に逆らうだけの微細な力を得たようなその物体が部屋に重厚な空気を作りだしていた。炬燵の上に置かれた薄く平らな天板の上には茶色いコーヒーカップがひとつ置かれているだけだった。テレビの放つ光がそのコーヒーカップの反対側に不気味なダンスを踊る怪しい影を作りだしていた。まるでトランスした小人が分厚い粘性を持つ生命体に乗って不快な儀式を行っているような光景だった。コーヒーカップには水が満たされていた。満たされた時に溢れ出たのだろうか、天板にその跡が残っていた。その表面張力を保った小さな生き物のような水の塊がテレビの放つ様々な色の光を屈折させ、自らの内にいびつな映像を映し出していた。コーヒーカップを上から覗くと中に赤い色の長方形の塊が浸されていた。丁寧に横に重ねられた何十冊もの本の影が映し出されていた。その高く積まれた本の隣に置物のように両膝を両の手で抱きかかえ頭を項垂れている塊に、変化する様々な光がぶつかり不気味な動きを与えていた。垂れ下がった長い柳の葉ような髪の毛がその不気味さを倍増させていた。突然その塊は光のせいではなく自らの意思で動いた。塊はその場で棒立ちしていた。部屋の天井面と壁面の交わる直線上に以前から取り付けてある丈夫そうな金属製のフックが光を反射していた。フックは二つあった。一つはテレビの置かれた反対側の壁で、もう一つは窓の上の方で光を放っていた。2つのフックは白く長い紐で結ばれ、その中間辺りからやはり白い紐が垂れ下がっていた。その影も壁に這って動く蛇のように見えた。紐の先端はだらしなく楕円の輪になっていた。その真下に重ねられた本の塊があった。立ち上がった塊はその垂れ下がった紐の楕円の輪をじっと見つめているように見えた。テレビの画面が夜のシーンを映し出すと部屋全体が暗くなりしばらくの間光を失った。シーンが変わって再び部屋が照らし出された時その塊は部屋の空間に力なく浮いていた。ほんの一瞬の出来事だった。テレビの正面の壁に映された見たことも無い不気味な生き物の影が誰にとも無く黄泉への手招きをしていた。腕だと分かるそれは完全に重力に頼って真っ直ぐ下に垂れ下がり、その先端についた手だと分かるそれは強く硬く握り締められていた。足だと分かるそれは小刻みに痙攣し、その先端からは液体が音も無くぽたぽたと床へ垂れていった。床に垂れたその液体の横には崩れた本の塊が無残に散らばっていた。部屋に不快な臭いが充満していった。    アパートまでの距離はまだ少しあったがその輪郭は眼で確認することができた。ぼんやりと明日香の部屋だけ灯が点いていないように見えた。嫌な予感が首筋に絡み付いてきた。香堂は急に走り出した。まだはっきりと明日香の部屋だとは分かった訳ではなかったが、そうせずにはいられない気持ちだった。アパートに近づくに連れて灯の点いていない部屋がはっきり明日香のそれだと認識できた。香堂は走り続けた。アパートの前まで来た時暗い明日香の部屋の窓を透してテレビの光がぼんやりと漏れているのが眼に入った。香堂は走るのを止め息を切らせながら胸を撫で下ろした。そのまま鉄製の階段まで歩いていった。砂利の途切れ途切れに鳴る鈍い音が暗い空間に彷徨い消えていった。階段を一歩一歩足音を潜めて上っていった。玄関の前に立つと同時に嫌な予感が首筋に絡み付いてきた。何かが違う。テレビの光は相変わらず台所の窓から漏れてきていたが、その音声が全く聞こえてこない。まさか…。 「明日香」 返事が無い。香堂はドアを3度強く叩いた。 「明日香。いるのか。入るぞ」 香堂の鍵を持つ手が震えていた。鍵を開けドアを開いた音が明日香の耳に届いた筈だったがやはり何の応答も無い。香堂は慌てて靴を脱ぐと台所から部屋へと繫がる摺りガラスの格子戸をゆっくりとずらし開けた。香堂は完全に動きを止め息を呑んだ。香堂の眼にテレビの光に照らし出された宙に浮く明日香の姿が映った。頭の後ろから上に伸びていく白い紐が見える。壁に映るその影は明日香本人と相反してまるで魂を得たかのように不気味な死のダンスを踊っていた。留まることを忘れたかのように狂い踊り続けていた。その影は香堂の顔を窺いながら笑っているようにも見えた。香堂はそのまま動くことができなかった。途方も無い罪悪感と底無しの寂寥感が重圧な重みとなって身体全体に覆い被さってきた。心臓が縮む思いだった。 「な……何してんだお前……」 香堂が明日香から視線を離さずにその場にゆっくりと崩れかけた時、明日香の真っ直ぐ下にぶら下がった右腕の先に付いている右手の人指し指が微かに動くのが見えた。香堂は未知の力に弾き飛ばされたかのように跳ね上がると、瞬時に台所の包丁を手に取り炬燵を宙に浮く明日香の下へずらしその上に飛び乗り明日香の身体を片手で抱くように引き寄せ紐を一気に切断した。香堂はその間息をしていなかった。炬燵をずらした勢いでコーヒーカップが転げ落ち床で数回回転して止まった。カップに浸されていた赤い携帯電話が飛び出し床にぶつかり鈍く低い音を立てた。明日香の身体を仰向けに床に降ろすとその顔に自分の耳を近づけた。息がない。香堂は大きく息を吸うと明日香の鼻を摘みその口に自分の口を押し当てた。香堂の耳には自分の心臓の鼓動する音が響いていた。ゆっくりと明日香の胸が膨らむと自分の心臓の鼓動と同じ速さで胸の間を両手で数回押した。再び息を大きく吸った。もう一度同じ動作を繰り返した。4度目が終わった時香堂は動きを止めた。明日香は横たわったまま動こうとはしなかった。 「明日香。何してんだお前…」 香堂は両手で明日香の両肩を掴むとその上体が浮く程激しく上下に揺す振った。香堂の眼から流れ出た涙が頬を伝って明日香の顔に落ちた。まるで明日香が泣いているかのように見えた。香堂は明日香の体を揺す振り続けた。香堂が諦めて明日香の肩を掴む手を離そうとしたその時、明日香の口から3度咽び声が呻き出た。慌てて携帯電話をポケットから取り出すと救急センターへ電話を掛けた。電話し終わると朦朧とした眼で明日香の顔に視線を落としていた。急激な緊張から一気に解き放たれたせいで完全な放心状態に陥っていた。塞がった筈の香堂の手の傷から血が床に飛び散っていた。再び手の傷が疼き始めた。その血と転げ落ちたコーヒーカップから零れ出た水とが混じり合った薄赤色の液体となった。テレビの光が薄赤色に染まった床を照らし出していた。壁に移し出された香堂の影だけがいつまでも小さく左右に揺れ動いていた。  病院の薄ら寒い救急治療室のベッドの上に明日香の身体は乗せられていた。首には赤く爛れたような紐の跡がV字型に這っていた。香堂はその隣に折り畳み椅子を置いて座っていた。手には明日香のそれがしっかりと握られていた。香堂の心は明日香に対する罪悪感で打ちひしがれていた。もし明日香に精神科医の診察を受けるよう促さなかったらこんなことにはならなかったはずだ。そもそも何が自分をそうさせたのか。自分の明日香を疑う心がそうさせたのだ。香堂はゆっくりと頭を横に振った。自分のしてしまったことの取返しがつかないことを悟った。今直ぐにでもそこを離れたくなった。こうして明日香の手を握っているだけで罪悪感が増していくような感覚に陥っていった。明日香の小さな手をそっと離しゆっくりと立ち上がった。明日香はまだ静かな顔をして眠っていた。その寝顔が胸の奥で渦巻く罪の意識の固まりゆく速さを加速させた。  病院の外の外灯の下に薄っすらと積もった雪がその丸い光を反射していた。その外灯の隣に白いベンチが寂しそうに佇んでいた。香堂はその外灯に照らし出されたベンチに向かって吸い寄せられるように歩いていった。香堂はそれに力なく崩れた。その硬さと冷たさが腰に伝わった。重く冷たい香堂の心を一層硬く凍らせた。香堂はこのまま病院を去ってしまおうかそれとも留まろうか迷った。楽しかった頃の明日香との思い出を記憶の引き出しから引っ張りだすとそれが胸に懐かしさを呼び起こした。香堂の眼からひと粒の涙が頬を伝って流れ落ちジーンズに染み込み濃い青色の跡を形作った。せめて病気だけは治してあげたい。家族の死によって引き起こされた病気を自分の愛情で治してあげたい。しかし何をしてあげればいいのか全く見当もつかなかった。 「いったい俺達はこれからどうなってしまうんだ…」 誰も答えてくれるはずのないその問いが暗く重い空間に押し潰され地面に吸い込まれていった。砕け散った心の破片でさえその地面に吸い込まれていくような気がした。香堂は心の置き場所を必死に捜し求めた。明日香に対する疑いを切り刻み、その代わりにばらばらに崩れてしまっていた明日香への思いを拾い集め、それをひとつに合わせて懸命に温め始めた。 「他に誰もいないんだ…」 香堂は両手で頬を叩いてゆっくりと立ち上がった。外灯の薄明るい光を背に受けて救急治療室へ戻っていく香堂の口から白い息が途切れながら同じ間隔で暗い空間に吸い込まれていった。  それから数日後、明日香は精神科病院へ移されることになった。他に身寄りが無いということと香堂がそれを望んだことが理由で精神科医が承諾した。  精神病院の敷地内には松が数多く植えられていた。いつでも緑が患者の眼に映るように配慮されているのだろうと香堂は思った。松を引き立てるように芝がその周りを囲んでいた。芝の色はその本当の色がまだ眠ってでもいるかのように薄茶色を湛えていた。敷地内には患者達が使用する図書室やスポーツジム、温水プールのある棟も造られているらしかった。病棟は全部で8つあり芝の張られた庭の中を通る歩道がそれら全てを結んでいた。病棟には個室だけでなく共同部屋も作られているらしかった。香堂は明日香の病室のある第7病棟へと入っていった。   第7病棟は2階建てになっていて、その棟には40室の個室と各階にナースセンターが一室ずつ造られていた。明日香の病室は2階にあった。階段を上がると真っ直ぐ明日香の病室へ向かった。病棟には甘ったるい薬の臭いが充満していた。その匂いに微かな吐き気を催した。廊下に響く自分の足音が耳障りに感じられた。明日香が病院に移ったという安心感とこれから明日香に施される治療への不安感が心の中で混ざり合っていた。途中白衣を着た看護婦とすれ違った。香堂が持っている花を見たのか、看護婦が笑顔で頭を下げたので香堂もそれに答えて軽くお辞儀した。  病室のドアを2度短くノックしたが返事は無かった。ドアノブを回してそっとドアを押し開けると足をベッドから投げ出してそこに座り、窓の外を眺めている明日香の背中が眼に入った。その背中に何故か悲しみを感じ取ることはできなかった。まだ香堂には気付いていないようだった。香堂は身体を病室の中に滑り込ませるとドアを静かに閉めた。ドアの閉まるその小さな音に明日香が気付いているはずだったが振り向きはしなかった。ゆっくりベッドに近付いていくと小さな横顔が見えた。明日香は嘲笑していた。声は出していなかったが確かに嘲り笑っていた。香堂は明日香が何かを思い出して嘲笑しているのだろうと思った。しかしその小さな横顔に浮かぶ嘲笑が妙に不気味に感じられた。明日香の視界の端の方に立つと、一瞬その嘲笑をやめて頭を動かさずに切り込むような鋭い眼だけで香堂を睨んだかと思うとまた嘲笑し始めた。香堂は不快感を必死に隠そうとした。 「明日香、具合はどうだ」 明日香からの返事はなかった。香堂は持ってきた花をベッドの隣に置いてある小さなキャビネットの上に置いた。花と一緒に買ってきた細長いプラスチックの花瓶に、部屋に設置してある手洗い器の蛇口から水を入れた。それに花を生けてキャビネットの上に飾った。香堂はその間明日香の睨むような鋭い視線が何度か自分に注がれるのを感じた。自分の好意が踏みにじられるような憤りと罪の意識が呼び起こす悲しみが混じり合いぶつかり合い胸の中をかき回されているような感覚を覚えた。病気なのだから仕方ないのだと何度も心の中で呟いた。 「明日香、お前怒ってんのか」 明日香は答えなかった。香堂は明日香が答えないのではなく答えられないのだと自分に言い聞かせた。明日香の視線の邪魔にならないように椅子を部屋の隅に置いて座った。治療は開始されたばかりなのだ。慌てることは無い。時間はまだ腐る程あるのだと思いながらも、内から湧き上がってくる遣り場の無い寂しさを堪えていた。相変わらず明日香は嘲笑していた。そんな明日香を見ていると香堂はその対象が何なのか聞いてみたくなった。しかし訊いても返ってこない返事を想像すると再び寂しさがこみ上げてきて口を硬く閉ざした。香堂にはそうしていつまでも嘲笑する明日香の顔を眺めることしかできなかった。香堂は胸の中の寂しさが静まってくると、立ち上がり明日香にもう一度声を掛けた。 「明日香…、明日また来るよ」 やはり返事は無かった。その眼はずっとうつろに窓の外を見続けていた。香堂は明日香の視線の先端を探ってみた。それは窓の外ではなく窓ガラスの辺りで止まっているように見えた。香堂は部屋を出ると大きく溜息をついた。  2階のガラス張りのナースセンターには2人の看護婦が机で何か書き物をしながら話をしているようだった。話し声は聞こえなかったが、その頭の動き方で2人が話しているのが分かった。香堂がそのガラス張りのナースセンターのドアをノックすると2人とも同時に顔を上げた。窓側に近い方の看護婦が僅かに頷いたのが見えた。香堂はドアを少しだけ押し開けると中には入らずに首をその隙間から覗き込ませた。 「すみません。市居明日香の担当の先生は今どこにいらっしゃいますか」 担当医の所在を知らないようで2人顔を見合わせていたが、しばらくすると奥に座っている看護婦の方が口を開いた。 「小林先生なら診察病棟に行けば会えると思いますよ。多分忙しいでしょうから待たされると思いますよ」 香堂は小さくお辞儀をしてドアを閉めた。小林という医師は数日前明日香のことを相談しに来た時に話をした医師のことだろう。その時に胸に付けられたプラスチック製の名札に小林と書いてあったような記憶が欠け落ちずに頭の片隅にこびり付いていた。  香堂は階段を下りながらその医師に訊ねる質問を纏めていた。何が明日香を病気にさせたのか。どうすれば直るのか。直った後再発しないのか等のいくつかの質問を頭の中に並べてみた。外の松の木に強い太陽の光が当たり影と光の部分を作り出し、その曲がりくねった輪郭を引き立てていた。香堂の眼にもその強い光が容赦なく入り込み眩しさを通り越して痛みさえも感じさせていた。  小林医師の所在を再び受付で尋ねたところ外来患者の診察中ということで香堂はこの一度入ったことのある相談室で待たされることになった。見慣れた相談室の中は静寂が癖になり染み付いてしまっているかのようだった。香堂はあまりの静けさに聞こえもしない高いトーンの連続音が聞こえているよな気がした。ソファーに座りながら壁に掛けられた額縁などに視線を向けたがそれに填められているガラスに光が反射して何が書かれているのかは読み取ることはできなかった。視線を窓の方へ移すとさっき歩いてきた歩道の脇の松の木が見えた。ふと嘲笑する明日香の顔が頭に浮かんだ。明日香の心は少なからず病んでいる。香堂の背中に冷たい何かが走った。いったい何をそんなに嘲り笑いたいのだろう。明日香の病気を治してあげたい気持ちに変わりなかったが、あの不気味な嘲笑を思い出すと、逃げ出したいという気持ちが治してあげたいと言う気持ちを少しずつ侵食し始めた。香堂は忌々しいその思いを頭から振り払うように強く頭を左右に振った。その時ドアをノックする音と同時に小林医師が入ってきた。  医師がテーブルに近づく間に香堂はゆっくりとその場に立ち上がった。そして医師が座るのに合わせて自分も再び座り直した。 「香堂さんでしたかな…」 小林医師は香堂の名前を覚えていたようだった。香堂は小さく頷いた。香堂は忙しい医師のことを考慮して早速考えていた質問を投げかけた。 「先生、明日香はいったいどいう病気なんでしょう」 香堂の身体はテーブルの直前まで乗り出していた。 「まだはっきりとしたことは申し上げられませんが、病気だと言うことは見てのとおり確かでしょう」 香堂は頷いただけで口を挟もうとはしなかった。それを見た医師は話を続けた。 「恐らく原因は明日香さんの置かれていた幼少期の環境が大きく関わっているんだと思います。明日香さんの場合、症状が興奮、昏迷といったような緊張型だと考えられます…。恐らく発病してからかなり長い時間が経過してしまっているんだと思います」 香堂は医師の話を聞きながら明日香の死んだ家族のことを思い浮かべていた。 「先生、治るんでしょうか」 医師はしばらくの間口を開こうとはしなかった。はその医師の態度を見て嫌な予感がした。結局その予感は正しかった。 「治ると言い切ることはできません。あくまでも今までの経験上その確立はあまり高くないと言うことです。後遺症を残すことが殆んどですし、治ったとしても再発する可能性もあります。完全に治るとは考えない方がいいかもしれません」 香堂はそのままの状態で動くことができなかった。医師が香堂の肩に手を当てた。香堂は医師が立ち上がったことにも気が付かなかった。相談室のドアがゆっくり閉まっていき、最後に大きな音を立てて完全に閉まった時我に返った。香堂は何も置かれていないテーブルにそのまま視線を落としていた。医者が治せないと言っている患者を素人の自分が頑張って治そうと努力したところで果たしてそれが意味のあるものなのだろうか。しかし明日香には助けてくれる身寄りはもう誰一人残されていない。黒く重い空気が胸を満たしていくような気がした。 「俺が諦めてしまったら手を差し伸べてくれる人はもう他には誰もいないんだ」 香堂は俯きながら小さく頷いた。できる限りのことはしてあげたいと思った。窓の外では昼下がりの仄々とした光の中で力を誇示するかのように曲りくねった松の木が冷たい風を受け止めていた。  アパートの部屋の中は明日香が自殺した時そのままの惨憺たる状態だった。コーヒーカップと赤い携帯電話が釣合いのない無惨な絵を床に描いていた。未だ明日香の失禁の臭いが充満していた。香堂は部屋の窓を開け放ち、それらを綺麗に掃除した。何もかも自分のせいなのだと自責の念に駆られながら手を動かした。明日香を病気から救うなどと態のいいことを口にすることも許されないのかもしれない。雑巾で床を拭きながら胸の中身が口から全て吐き出てしまいそうな気がした。部屋の全てを掃除し終わると、窓を閉め直しストーブを焚いてその上にたっぷり水を入れた薬缶を載せた。立て掛けてあった炬燵を床に戻し炬燵布団をかけるとその上に天板を載せた。そしてそれに足を差し込むと深く溜息をついた。  まだちっとも温まっていない炬燵の中は余計に香堂の足の冷たさを増幅させた。しばらくして炬燵の中も部屋も暖まってくると以前明日香の引越しを手伝った時のことを思い出した。引越しを手伝ったのは寒い時期ではなかったが、部屋のほんのりと身体を包み込むその温もりが香堂をそうさせていた。まだ去年の春の出来事だというのに何年も前のことのような気がした。部屋に置いてある一つ一つの物をその時の記憶と照らし合わせて懐かしさを楽しんでいた。そして開かなくてもいい最後の段ボールを開けてしまったことを思い出した。その段ボールの中の物だけは部屋を探しても当然見当たらなかった。香堂は立ち上がると押入れを開いた。下の段の一番暗い右側の奥にそれを見つけた。香堂はその段ボールのデザインを見ると再び懐かしさが胸にこみ上げてくるのを抑えることができなかった。香堂の両眼から涙が流れ落ち押入れの底に張ってある薄茶色のベニヤ板に丸い焦げ茶色の模様を作り出した。香堂は涙を腕で拭うと四つん這いになってその箱を引っ張り出した。引越しの時に押入れに入れた時にはされていなかったガムテープがしっかりと蓋を閉じていた。それを無理やり引き剥がした。ガムテープは心地いいとは言えない低い音を立てて箱の横にぶら下がった。蓋を開くと引越しの時明日香が最後に入れたジグソーパズルの箱とは違うそれが一番上に載っていた。香堂は無意識に首を傾げていた。その箱には『白黒の薔薇』の絵が描かれていた。その箱は他のジグソーパズルの箱とは違いひと目見ただけでその価値が高いことが分かった。香堂はそれを段ボールから取り出し蓋を開けてみた。白く優しい光沢のある一つ一つのパズルがばらばらに重なり合っていた。香堂はそのひとつを手に取ると指で表面をなぞってみた。滑らかでしっとりとした感触が指に伝わってきた。香堂にはパズルを組み合わせるような趣味はなかったが、その一片の欠片を手にしていると不思議と組み合わせてみようという気持ちが沸いてきた。それを炬燵の上に置き自分は再び足を炬燵に滑り込ませた。香堂は最初パズルの角になる4つの欠片を探した。箱に書かれた3000ピースという数の欠片の中からその4片を探し出すのはひと苦労だった。それだけで30分の時間が経過していた。香堂はひと息入れざるを得なかった。こんなに面倒なものだとは思っていなかった。しかし香堂はこの時初めてパズルの不思議さに気付いた。何故ならほんの少しの間でも嫌なことを忘れることができたからだ。香堂は疲れが解れてくると今度はパズルを囲む四辺の部分を集め始めた。最初から四辺の縁の部分の欠片を集めなかったことを悔いた。そしてその部分を全て見つけ終わるとパズルの箱を炬燵の隣に下ろした。炬燵の天板に残ったそれらをゆっくりと組み合わせ始めた。そしてパズルの縁となる四辺は出来上がった。  香堂は立ち上がると台所へ行きコーヒーカップに自分の好きな分量のコーヒーと砂糖を入れそれにスプーンを差込み部屋に戻った。ストーブの上で注ぎ口から湯気を吐き出している薬缶を手に取るとお湯をコーヒーカップに注いだ。再び炬燵に足を滑り込ませ、コーヒーカップに差し込んであったスプーンを円錐状に回した。一口啜るとそれが喉を通って胃の中にじわっと広がった。香堂は箱に残っているばらばらのパズルの欠片を鷲づかみにするとそれをこぼさないようにゆっくりと四辺の内側に置いた。それをひとつずつ絵柄を確かめながら組み合わせ始めた時、今自分のしている作業がとてつもなく多大な時間を消費することに気付いた。香堂は摘んでいたパズルの一片を炬燵の天板に落とした。それは小さな音を立てて転がり、終いには動かなくなった。香堂は後ろへ寝そべった。大きく伸びをすると両手を枕代わりに頭の下に差し込んだ。そしてこのパズルを組み立てている明日香のイメージを頭の中で組み立てていた。それはまるでパズルのように香堂の眼の裏側に少しずつ映し出された。香堂の眼に涙が溜まり行き場を心得ているかのようにこめかみを伝って床に落ちていった。板張りの床の上に敷かれた薄い敷布の上に落ちた涙がその色を一層濃くした。香堂も落ちる涙と一緒にそのまま眠りに落ちていった。 第四章 ー 便 ー へ https://ofuse.me/e/16571

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    過去からの手紙 第四章 ー 便 ー

    2022/07/23

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    2022/07/23
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