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2022/07/23 23:51

猫の小町 3. 首輪

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 気がつくと眠りに落ちる前と同じうつ伏せの状態だった。眠りに落ちる前と違っていたのはさっきまで部屋に入ってきていた淡い陽の光が、その明るさを半分以下に落としているということだけだった。ふと壁に掛けられている時計に目をやると既に5時を回っていた。部屋の暗さからしてそのくらいだろうと思った。約3時間寝たことになる。そのことが山瀬を驚かせていた。山瀬は急に空腹感に襲われた。 「そういえば昼飯食ってなかったな」 昼の食事を忘れてしまうのは山瀬の癖で、時にはわざと昼食を省略してしまうことがあった。夕食を食べてしまうにはまだ早いと思った山瀬は海岸を散歩してみることにした。1階に降りてカウンターの中を覗いてみるとアイリーンが伝票のようなものを纏めているところだった。山瀬は部屋の鍵を手渡しながら海岸までの道筋を訊いてみたが、あまりにも理解し難いアイリーンの道案内に頷くことしか出来なかった。 「後でご飯食べに来るよ」 ひとこと言い残し薄暗い道を海の方向に歩き出した。ほんのり潮の香りを含んだ風が山瀬の身体のあちらこちらをくすぐった。海岸まで出るのにほんの少し手古摺ったが、それでも何とか辿り着くことが出来た。  海は昼に港に到着したときと同じように殆どと言っていい程波は無かった。ただ全く波打っていない訳ではなく小さな波が波打ち際でパシャーンパシャーンと小さな音を立てていた。それがなければ静かな湖の畔にでもいるかのような錯覚に陥るくらい波はなかった。山瀬は、警察へ行って話しを聞いてみるか、それともまず小町の家に行ってみようかと明日からの自分の行動をあれこれと頭の中で検索していた。警察は検死までしているのだから小町の自殺について既にもう何の疑いも持っていないだろう。新聞記事に書かれていた通り地元の人たちから何の手掛かりも得られなかったのだから、情報を得られるとすれば小町の遺体を検死した検死官の話だけだ。小町の自殺前の行動を知り得るのならば恐らく小町の家の近所の人たちに話を聞くべきだ。ただどちらにしてもその両方に足を運ばなければならなくなるだろう。歩きながらそんなことを考えているうちに辺りは見通しが利かなくなる程暗くなっていた。 「戻って晩飯でも食うか」 今来た道を戻りながら山瀬の歩調は空腹のせいか来たときのそれと比べてほんの少しだけ速くなっていた。増してやここは日本ではない。あまり暗くなった道を無闇に外国人が歩かないほうが身のためだということを山瀬はよく心得ていた。  サミス・インに戻ると既にカウンターにアイリーンの姿はなかった。その代わりに経営者の女房というような風情の女がカウンターで山瀬を出迎えた。 「こんばんは」 対応の仕方で経営に関係している人間だというのがすぐ分かった。挨拶なんてしてくるウェイトレスは稀だからだ。増してや彼女が身に着けている服がさっきまでカウンターにいたアイリーンのそれとはかけ離れていたことから、山瀬はこの女がサミスの妻なのだろうと勝手な想像をしていた。サミスなんて名前の女と山瀬はこれまで出会ったことがなかった。サミスは確実に男の名前だという先入観念が山瀬にはあった。この時もその先入観念が働き、目の前にいる女は経営者であるサミスの妻なのであろうという結論に行き着いた。彼女は髪の毛を腰の辺りまで伸ばしていて、毛先を何かに引っ張られているかのように真っ直ぐ地面に向かって下ろしていた。細長の顔についた少し大きめの目が優しい印象を山瀬に投げかけていた。  女はキーボックスから鍵をひとつ取り出すとこちらへ向き直った。そしてそれをカウンターの上に乗せた。 「こんばんは。何か食べたいんですが。お奨めの料理はありますかね」 とりあえず鍵を受け取りながら、山瀬はそう訪ねた。208号室の鍵を渡された山瀬は気の利いたこの女の行動に関心した。山瀬は部屋の番号を言った覚えはなかった。 「豚肉の煮込み料理はいかがでしょう」 山瀬はカウンターに腰を下ろすことにした。この女から何か情報を得られるのではないかと思ったのだった。 「じゃあそれとライスとビールを一本ください。ビールは先にください」 腰を下ろしながらそう言うと彼女は早速冷蔵庫からビールを一本取り出し山瀬の目の前に差し出した。よく冷えているビールだった。食事を注文して出来上がるまでの間ビールを飲むのが山瀬の外食の仕方だった。食事が早めに出てきたときはそのおかずをつまみにする。遅めになったときはもう一本ビールを追加して飲むのが彼なりの決まりだった。今回は食事が早めに出てきた。煮込み料理なので既に煮てあったものを温め直したのだろう。ただ彼女からどんな小さな情報でも得たい気持ちの山瀬は少しゆっくりめにビールとその煮込みを口に運んでいた。カウンターの中の彼女はやっと仕事がなくなったらしく定位置について腰掛けていた。山瀬が飲んでいた小瓶のビールも丁度底を突いていた。 「もう一本ください」 山瀬は2本目のビールを飲み始めると、心地よい酔いが頭の中を刺激し始めた。 「ちょっとお訊きしても構いませんか。最近自殺した日本人の女の人のことんなんですけど...」 彼女は何気なく立ち上がり山瀬とカウンターを挟んだ。扇風機のふんわりとした風に長い髪がほんの少しだけ揺れているのが印象的だった。 「ああ、小町のことですね。彼女だったらうちにも何度か食べに来ていましたよ」 こうも簡単に糸口が見つかると思わなかった山瀬だったが、島の大きさを考えてみるとこれも当然のことかもしれないと思った。この小さな島で小町が生活していたことを想像すると、小町がこのレストランに来たことがないということの方が考え難いことだろうと山瀬は思った。 「いつも1人で食べに来ていたんですか。それとも誰か一緒に来た人がいたとか...」 山瀬は一口ビールを口に運んだ。彼女は何か得体の知れない動くものを目で辿るように視線を中空に向けて記憶を追いかけているようだった。 「いいえ、いつもひとりでした…。そういえば一度だけ電話で何か言い争っていたようなことがありました。ただ日本語で話しているようだったから私には全く意味が分かりませんでしたけど…、その後支払いを忘れて出て行きそうになった小町を私が引き止めたのを覚えています」 電話というのは携帯電話のことだろうと山瀬は思った。携帯電話から小町の交友関係が分かるかもしれない。ちょっとした情報の糸口を得られたような気がした。 「いつ頃のことだか覚えてらっしゃいますか」 「最近のことよ」 山瀬は2本目のビールを飲み干し、残った料理をすべて平らげた。小町が自殺する前にやはり何かがあったのだと山瀬は思った。  部屋に戻るとさっきまでの薄オレンジ色の夕陽は跡形も無く消え去り、その代わりに薄暗い蛍光灯が照らし出す何の変哲も無いダブルベッドがそこに横たわっているだけだった。外出前の仮眠のせいか眠気に襲われることは無かった。かえってビールの酔いが山瀬の神経を尖らせていた。山瀬は小町の携帯電話の記憶している電話番号から何か情報が得られるのではないかと、まだ見てもいないその携帯電話を頭の中で想像していた。結局のところ彼の神経を尖らせているビールの酔いが覚め始めると考えることに嫌気が差し、そのばかげた思考を停止させることに殆ど時間はかからなかった。 「そんなもの自分が調べる前に当然警察が先に調べているはずだ」捨て鉢な考えが山瀬の頭の中を占領し始めていた。  朝起きて直ぐにシャワーを浴びるのがフィリピンに滞在するときの山瀬の習慣だった。目が覚めるというのも理由の一つだったが、「朝シャワーを浴びると身体にいいんだよ」と以前フィリピン人の老婆に言われたことが頭のどこかに巣食っていて、どうしても拭い捨てられないでいるのがもう一つの理由だった。シャワーを浴び終わり軽く身支度を整えて階下に降りるとアイリーンが何気ない顔をして朝の挨拶を投げかけてきた。 「おはよう、山瀬さん」 忙しそうに見えたアイリーンを気遣うように山瀬はそのまま空いている席を見つけ腰を落ち着けた。何人かの外国人が宿泊しているらしく、無料の朝食とコーヒーを目当てにテーブルを埋めていた。そうは言っても結局は山瀬もその中の一人だということに気づくとほんの少し恥ずかしくなった。アイリーンが注文を取るために山瀬の座っているテーブルに近づいてきた。注文といっても宿泊についてくる朝食をライスにするのかそれともパンにするのかを選ぶだけだった。 「ライスでお願いするよ。ねえ、やっぱりアイリーンも小町のこと知ってるの」 山瀬はタイミングを見計らって声を出した。 「ええ、知っているわよ。小さい島だから外国人が住み着くとすぐ噂が流れるの。増してや外国人が自殺したなんて言うとこの島じゃ大騒ぎだもの」 アイリーンは個人的には小町を知らないようで、特別悲しんでいるような感じはなかった。小町の家のある場所を大まかに教えてくれたが、昨夜の海岸への道案内と同じように幾分理解し難かった。しかし意外にあっさりと小町の家の場所が分かったことに山瀬は満足感を感じていた。小町の母、幾田優子から小町の住所は聞いていたが、この小さな島に初めて来た山瀬にとってはただのアルファベットの羅列でしかなかった。  部屋に戻った山瀬は地図で小町の家の場所を確かめてみたが、然程遠い場所ではないことが分かった。早速用意してきた小さなデーパックに必要なものを押し込んで出掛けることにした。必要なものと言ってもデジタルカメラとメモ帳、鉛筆、喉が渇いたときに飲むミネラルウォーターくらいなものである。金目のものはバッグに入れないのが山瀬の主義だった。  カウンターで鍵をアイリーンに預けながらこの島の交通事情を知ろうと訪ねてみた。 「トライシクルでいくらくらいかな」 「多分10ペソか12ペソくらいだと思うわ。バスも走っているから訊いてみるといいかも」 山瀬はアイリーンに簡単に礼を言うとカウンターを離れた。  外に出てみるとまだ朝だというのに太陽の熱さは確実に大地にまで届いているらしく、熱気と湿気が身体中にまつわりついてきた。既に町の小さな商店はその熱気を吸い込むがごとくその扉を開いていた。ほんの少し歩いてみると、直ぐにトライシクルの乗り場が目に入った。乗り場と言っても只単にトライシクルが路上に列を成して並んでいるだけのことだ。山瀬は一番先頭だと思われるトライシクルに乗り込んだ。既に2人の客が乗っていたので、彼はバイクの後部座席に座ることにした。乗り合いのタクシーみたいなものなのでもう2,3人客が乗らなければ出発しない。流れ出る汗がまるで蟻が身体中を歩き回っているような気がした。運よく数分後には山瀬の乗るトライシクルに2人の乗客が加わり難無く出発することが出来た。  走り出すとさっきまでの熱さは嘘のようにどこかへ消え去っていった。海から吹きつける潮風とトライシクルが作る風が山瀬の汗ばんだ身体を乾かすのに然程の時間はかからなかった。海は青くところどころに漁師達の小さなボートが浮いていた。昨夜と同様殆どと言っていい程波は無く、波打ち際もまるで静かな湖の畔ような感覚を山瀬に与えていた。山瀬はその流れるようなスライドショーにいつまでも気を取られていた。ふと地区名が書かれた看板が流れていくのが目に入った。小町の家のある地区名だった。 「止めて」 エンジン音が大きいせいか山瀬の声も幾分大きくなっていた。トライシクルは叙々にスピードを緩めていき、ついには道路の右側で完全に動かなくなった。止まるのと同時に飛び降りた。 「いくら」 山瀬はハンドルを握ったまま顔を前に向けているドライバーに料金を尋ねた。 「10ペソ」 まだ朝だというのにサングラスを掛け、一度も目を合わせようとしないドライバーは少し考えているようだったが結局そう答えた。他の客の手前、値段を吹っかけるのは避けたようだ。言われた通りの値段を支払うと、トライシクルはまたエンジン音を高くしながら風の中を走り去って行った。  降り立った場所で辺りを見回してみたが道を尋ねられるような歩いている人影は見当たらなかった。 「まいったなこりゃ」 仕方ないので少し歩いてみることにした。2,3分歩くと、さっきまで消え失せていた汗がまた額を伝って熱い路面に落ちていった。海から吹いてくる弱い潮風が山瀬にとっては気休めに感じられた。   前方に何件かの民家が立ち並んでいるのが見えた。前を通りかかった時ちらっと覗いてみると何やら店のような格好をしている。足を止めてよく確かめてみると間違いなくそれは店だった。乾物屋と言えばいいのだろうか。それとも雑貨屋と言えばいのだろうか。鉄格子の掛けられた大きな窓から中を覗いてみた。中は薄暗く、売っている物を全て把握するのは難しく思えた。 「こんにちは」 「ハーイ ちょっと待って…」 店の雰囲気とは裏腹に張りのある明るい感じの声が店の中に響いた。20才前後の若い女性が顔を出した。声の質と同じように彼女の持つ雰囲気にも明るさが感じられる。気のせいかさっきまで暗かった店の中に灯りが燈されたような印象を与えられた。 「ちょっとすみません。この辺に日本人で亡くなられた小町さんって人の家はありませんかね」 「ああ、小町の家ね。この先1kmくらい行くと左に小高くなったところに登っていく坂道があるから、その坂道を登ってすぐよ」 考える時間はこれっぽっちも無かった。即答というのはこのことを言うのだろうと思った。それだけ答えると彼女は直ぐに奥へ引き返してしまった。奥の方から声が聞こえる。話し声が子供に対する声色に聞こえたので、子供が奥にいるのが直ぐに分かった。目印くらいは聞きたかったが、また呼び戻すのには気が引けてほんの少しの間呆然としてそこに立ち尽くしていた。  雑貨屋の女に言われた通り海沿いの道を気休めの潮風に吹かれながら再び歩き始めた。山瀬はたまに海の方に目を向けながらその濃い青色と薄い水色のコントラストを楽しんでいた。そうしないと熱さを紛らわしきれなかった。熱気が路面から湧き上がり山瀬の顔に覆いか被さってきた。汗は相変わらず蟻のように額や頬を伝って下の方に歩いていった。  襲いかかってくる熱さを除けば小町の家は然程苦労せずに行き着くことができた。高台の方に上がっていく坂道がひとつしかなかったことが幸いしたのだろう。海沿いの道を折れて少し坂を登ったところに小さな広場があった。ぼろぼろの板とぼろぼろのネットを組み合わせて作ったバスケットボールの投的板が一つ置かれていた。流石にこの時間帯にバスケットボールをしている子供達はいなかった。道に覆い被さるように大きなアカシアの木の枝が張り出して大きな陰を作っていた。その陰の下に置かれたベンチに初老の男が座っていた。 「おじさん、この辺に日本人の家ってあるかな…」 無口なのか、それとも驚いているのか男は一言も口に出そうとはしなかった。しかし男が持ち上げた右手の先についている人差し指が静まり返った一軒の家を指差していた。何となく気まずく感じた山瀬は礼だけを言ってその場を離れた。  その家はベンチの置かれた広場と道を挟んで反対側に建っていた。その家が醸し出す何かひっそりとした静けさのようなものがそれが小町の家だということを物語っていた。窓は締め切られ、その全てにカーテンが引かれていた。玄関のドアも来るものを拒むかのようにその口を硬く閉ざしていた。玄関のドアに近寄った山瀬は約束事のようにドアをノックしてみた。当然返事など期待してはいなかった。ただそれが礼儀のような気がしてそうせざるを得なかった。ノックが誰もいない締め切られた家の中に響いていた。まだ確実に小町の家だと判った訳ではないが山瀬の胸の中にほぼこの家が小町の家だったいうことが染み込み始めていた。思った通り返事はなかった。  ふと背後に人の気配を感じた山瀬は少し驚いて後ろを振り返った。小太りで眼の大きい女が箒を片手にそこに立っていた。 「何か…」 女はそう短く声を発すると、後は貴方が話しなさいと言わんばかりに黙っていた。何か悲しいものに引き込まれていた山瀬は無理やりに引き戻されたような気がして、呆気に取られて答えが直ぐに出てこなかった。 「あなたもしかして日本人ですか」 言葉を詰まらせている山瀬より先に女が静かに質問した。 「え、ええそうです」 山瀬は、彼が小町の母親幾田優子から依頼されて小町の自殺の件について調べにここまでやってきたことを説明した。 「そうですか。本当に残念です。何で自殺なんてしたのか…」 女も名前を山瀬に告げ、自分が小町の身の回りを世話していたことなどを簡単に山瀬に説明した。女はマリーという名前だった。山瀬は返す言葉が見つからなかった。ふと下を見ると黒と白の毛色をした猫がマリーの足元に絡みついていた。 「私の家で話しませんか」 そう短く静かに呟くとマリーは山瀬の答えを待つことなく彼女の家の方へ向き返って歩き出した。山瀬にとっても小町の身の回りの世話していたマリーの話を聞くことができるのは都合が良かった。さっきまで気休めだった潮風が勢いよく坂道を駆け上がってきた。ほんの一瞬だが山瀬はその風に後押しされているような感覚を覚えた。  マリーの家はこの島で見られる殆どの家と同じようにブロックを積み上げてその上にトタン屋根を乗せただけの中途半端な造りだった。家の裏側にある勝手口から彼女は中に入っていった。山瀬もマリーの後に続いた。中に入ると、急に暗がりに入ったせいか分からなかったが、目が暗さに慣れてくるとそこが台所だということが分かった。 「桃ちゃんお腹空いてるの。じゃあ何かあげようか」 猫も一緒についてきていたようだ。マリーはしつこく足元に絡み付いてくる白黒の猫に向かって話しかけると、台所の端の方から餌のようなものを取り出して床に置いてある器に入れた。 「この子、小町が日本から連れてきた猫なんですよ。すごく可愛がってました。まさか自殺してしまうなんて」 マリーの目は微かに潤んでいた。 「何か特別考え込んでいるようなことはありませんでしたか。小町さんのお母さんはどうしても彼女の自殺に納得ができないようで、それで私に調査を依頼したみたいなんです」 マリーの左眼からひと粒の涙が頬を伝った。それを直ぐに左手の甲で拭うと2回鼻を啜った。 「私もそれなりに彼女が自殺する前のことを振り返って考えてみるのですが全く思い当たりません。いつものように何の変わりもなく猫達と戯れてましたし…」 猫はマリーのくれた餌を平らげた後まだ物足りないのか再びマリーの足元に絡み付いていた。山瀬は結局のところ何の情報も掴めないのかもしれないと頭をポリポリと掻き始めた。その山瀬の動きに反応したかのように猫がマリーの足元で動きを止めた。山瀬の方に顔を向け何か言いたいような目つきをしている。 「この猫メスなんですか」 猫の視線を感じた山瀬の興味が小町の事件から逸れ、何の意味もない質問になって口から出てきた。 「そうです。この子はメスなんですが、この子の他にも2匹のオスともう2匹のメス合わせて5匹の猫を日本から連れてきたんです」マリーはそう答えながら猫を持ち上げると膝の上に抱きかかえるようにして座った。 「小町の話だとこの子もうかなりの歳みたいなんです。飼い始めてから13,4年経っているって言ってました」 山瀬の興味がまた小町の事件に引き戻された。 「そうなんですか。そんなに長く飼っている猫を置き去りにして行くなんて私には考え難いことです。いったい小町さんは何を考えていたのかな」 マリーは猫の首元を無心で撫でていた。そのマリーの仕草によって会話が中断されてしまった。何を思ったか猫が急にマリーの膝から飛び降りて山瀬の足元に絡み始めた。 「なんだいお前。俺は食べ物なんか持ってないよ」 もともと動物が嫌いでない山瀬はマリーがしたのと同じ様に自分の膝の上に猫を乗せた。猫を抱くと殆どの人がするように山瀬も同じ様に無意識に喉元をゆっくり撫でていた。つけられた真新しい赤い首輪に喉元を撫でる指が引っかかるのが山瀬をほんの少し苛つかせた。よく見るとその首輪にはカッターで傷付けたような角ばった文字で「CC」と書いてある。 「この首輪、貴方が付けてあげたんですか」 「いいえ。小町が自殺する前に付けてあげた物だと思います」 「そうですか。新しい首輪だからてっきり貴方が付けてあげたのかと思いましたよ」 山瀬は猫の首輪を右手の人差し指でほんの少し撫でてみた。真新しさが指に伝わってきた。ほんの小さな間ができたがマリーが先に口を開いた。 「家の中も見てみますか…」 山瀬はマリーの言葉に小さく頷いて見せた。  小町の家に入るとまだそれ程時間が経過している訳でもないのに湿気の臭いが山瀬の鼻をついた。マリーが掃除したのであろうか中は整然としていた。ワンルーム形式の部屋になっていてトイレと浴室を除いて特別壁で仕切られた部屋はなかった。ベッドの置いてある部分が一段高くなっているだけだった。浴室のドアの横に大きな棚が造り付けてあった。山瀬はその棚の前で足を止めた。一部本棚のようになっている。棚の左端に置かれた手の平に載る程の小さな写真立てには埃が被っていた。若い女の顔写真だったが左の方と下の方を切ったような後があった。その顔には笑顔を浮かべている。山瀬は若い頃の小町の写真なのだろうと思った。その本棚に何十冊もの本と背表紙がしっかりしたノートのようなものが数冊並べてあった。山瀬はそのうちの漢字で日記と書かれている一冊を手に取った。開いてみると確かに小町の日記だった。一番最初の日付を見ると小町が自殺した日の約一ヶ月前だった。山瀬は日記を読んでみた。猫や食事のことなど平凡なことしか書かれていなかった。読みながらページを捲っていくと小町が猫に首輪を付けてあげたことが書かれてあった。マリーの言ったとおり首輪は小町が付けたものだった。日記はその後破り取られていた。引きちぎられた跡が寂しさを感じさせた。他のノートも開いてみたが全く白紙の状態だった。  外では昼食を食べに学校から戻ってきた子供達の声がしていた。フィリピンの学校では給食の制度がないので殆どの子供達は昼食時に家に帰宅する。 「お昼ご飯一緒に食べていきませんか」 マリーが子供達の声に反応したかのように山瀬を食事に誘った。山瀬はその声で後ろを振り返った。 「いやいや、初めて訪ねてきたのにそんな厚かましい事できませんよ。私も一旦ホテルに帰って昼飯でも食べることにします」 山瀬は手にしていた白紙のノートを丁寧に棚に戻した。 「そうですか。今度いらしたときは是非一緒に食べていってくださいね」 「ありがとう」 マリーは山瀬を先に外に出してそれから自分も外に出るとドアへ向き直り鍵を掛けた。山瀬の耳にその鍵の閉まる小さな音が重く寂しく響いていた。  再び山瀬の肌に太陽の直射が襲ってきた。その痛みを和らげるように海からの潮風が吹き抜けていった。坂道を下り海沿いの大通りに出ると、さっき小町の家の外で見たのと同じ昼食のために一時帰宅する子供達を乗せたトライシクルが数台走ってきた。山瀬はそのうちの乗り込めそうな1台を止めて乗り込んだ。  トライシクルが走り出すと山瀬の肌は急激に冷やされた。さっきまでの痛みが嘘だったように山瀬の感覚はうっとりと眠気に誘われた。トライシクルは子供達をそれぞれの場所に降ろしながら走り続けた。止まる度に路面で温められた熱気が山瀬を襲ったが、眠さのためにそれは然程気にならなかった。海は太陽の日差しをしっかりと受け止めながら鮮明な青い色を放っていた。  サミス・インに戻るとカウンターでアイリーンが客の相手をし終えたところだった。あまり美味しいとは言えない料理だがお昼時にはレストランに腹を空かせた人たちが数人やってくるようだ。山瀬がカウンターに近付くと部屋の鍵を渡そうとした。 「いや…。まだいいよ。何か食べようと思ってるんだけど」 山瀬はそう言いながらカウンターの上に置かれた鍵をアイリーンの方へ押し返した。昼食のこともあったが、食べた後に海岸に行って海でも眺めてみようという気持ちもあった。検死官の話も聞かなければならなかったがどうも無駄な時間を使いそうで気が乗らなかった。 「何か美味しいランチはないかな」 心地いい空腹感が山瀬の食欲を刺激していた。特別好き嫌いのない山瀬だったが、昨夜は肉の料理を食べたこともあって少しさっぱりしたものを食べたかった。 「焼き魚はどうですか」 まるで山瀬の気持ちを読んでいるかのようにアイリーンが答えた。昨日は気の利かなかったただの愛想の無いウェイトレスが人が変わったように見えた。山瀬の頭の中に焼き魚のイメージが浮かび上がった。唾液が口の中を満たしていく。もう何も考える余地はなかった。 「いいね。じゃそれお願いするよ」 「ライスはどうします」 これまた気が利いている。 「じゃあライスを1つとビールを1本もらおうかな」 昼食時にはあまりアルコールを飲まない山瀬だったが、気の利いているウェイトレスを見て浮き浮き気分になって思わずビールを注文してしまった。山瀬の悪い癖だった。 「ビールは先にもらおうかな…」 ビールをカウンター越しに受け取ると、空いている窓際のテーブルに腰を下ろした。  小町の事件をほんの少し頭の中で組み立てようとしてみた。しかしその少ない情報を組み立てあげることが無理なことくらい山瀬にも分かっていた。自殺ではないと考えている小町の母幾田優子の気持ちが分からなくはなかったが小町の身の回りを世話していたと言うマリーでさえも全く自殺の原因を知らないと言う。ふと山瀬の頭に単純な考えが浮かび上がった。 「動機のない自殺なんて存在するのだろうか…。いや、有り得るはずがない、と言うことはやはり何かあったと仮定して行動しなければならないのか…。何か残しているはずだ。ただ遺書はなかったと地元警察の調査で分かっているし、小町さんいったい何を残したんだ…」 山瀬は心の中で死んだ小町に問いかけていた。 「残したもの…。残すとすれば家の中のはずだ。もう一度小町さんの家に行ってみるしかないか」 山瀬は無意識に首を小さく縦に振った  左手に掴んでいたビールの中身がほぼなくなる頃アイリーンの薦めた焼き魚がテーブルに運ばれてきた。 「お待ちどうさま」 また気が利いている。こういう小さな相手を気遣う言葉が山瀬は好きだった。山瀬はさっさと香ばしい焼き魚を食べ終わると支払いを済ませた。レストランにはまだ数人の客が残っていたが、皆それぞれ自分の食事を済ませたらしく、タバコを吸ったり新聞を読んだりしていた。山瀬には残された昼食時の時間を外の暑さを避けるためだけに只そのような仕草をしているように見えた。そうして山瀬も食事の後のヒューマンウォッチングを楽しんでいた。店内にいても路面からの太陽の光の照り返しが容赦なく目に入ってくる。山瀬は他の客の観察に飽きるとサミス・インを出た。食後の散歩がてらに海に行ってみることにした。  日陰に入ると湿度が低いためにかなり過ごし易い。海の青さが目にも清々しさを運んでくる。漁師が一人破れた魚網を縫い直していた。潮風が穏やかに山瀬の肌の火照りを拭い去っていった。空腹感をどこかへ押しやった後のこのひと時をこの状況下で過ごせる幸福感は他に例えようがない。山瀬は何も考えずに砂の上に腰を下ろした。砂は熱さでさらさらに乾ききって、そのまま腰を下ろすと柔らかい座布団に座っているような感覚を腰に与えてくれた。山瀬の人差し指が無意識に砂に文字を書いている。書き終わると手のひらの消しゴムがその壊れ易い文字を平らにして跡形もなく消し去っていく。書いては消し書いては消し、最後にさっきマリーの家で見た猫の首輪に書かれた角ばった「CC」の文字を書き残して立ち上がった。  波打ち際まで歩いていくと、そこには小さく砕けた珊瑚礁や貝殻の破片が無数に折重なって波に洗われていた。それを左手に取り上げると目にオフホワイトの優しい光が入ってくる。何度か繰り返してみると、一粒の小さな貝殻がひとつ混じっていた。山瀬はそれを穿き慣れたジーンズのポケットに入れるとさっきまで座っていた日陰に戻っていった。足に砂がつかないようにビーチサンダルの底を地面と平行にしながらゆっくりと歩いた。さっき砂浜に残した壊れ易い文字が目に入った。「ココ」と読んでみた。 「え…。あれってもしかして『CC』って書いてあったんじゃなくて『ココ』だったのか」 山瀬は無意識に首を傾げていた。山瀬の足は急にホテルの方へ向き直っていた。もう一度マリーのところへ行ってみるつもりだった。自分の愚かさを感じずにはいられなかった。   ホテルに戻るとアイリーンがまだカウンターの中で何か整理をしていた。 「ねえアイリーン…。この島って夜になるとトライシクルは拾えるのかな」 山瀬は帰りの時間が遅くなることを予想してホテルへ帰ってくるための交通手段を考えていた。 「明るいうちだったら拾えないこともないけど…。でも8時過ぎちゃうと多分難しくなると思うわ」 「じゃあもし拾えなかったらどうすればいいかなあ」 「その時はここに電話してくれればちょっと高いけど従業員がオートバイで迎えに行ってくれると思うわ」 そう言うとアイリーンはサミス・インの電話番号をメモに書いて山瀬に手渡した。 「ありがとう。今度何か飲み物でもご馳走するよ」 山瀬はそう言い残してサミス・インから出た。そしてまだ暑い昼下がりの路を力強く足早に歩いて行った。  生温い風が道路の端に溜まった土埃を舞い上げていたが、山瀬にはその風さえも感じられなかった。山瀬の頭の中は猫の首輪に残された、小町がわざと外国人の読めないカタカナで書いたのであろう『ココ』の二文字で埋められていた。  小町の家は相変わらずひっそりと静まり返っていた。隣のマリーの家に人の気配が感じられるのとは相反していた。山瀬はとりあえず小町の家には見向きもせずに猫のいるマリーの家の裏の勝手口をノックした。 「こんにちは」 中で人の動く気配がして同時にマリーの声が聞こえてきた。 「はーい。ちょっと待って」 マリーがドアを押し開けて顔を出すまでほんの少しの間があった。 「あら、山瀬さん…、でしたっけ。何か忘れ物でも…」 さっき帰ったばかりの山瀬がまた顔を見せたことにほんの少し驚いているようだ。その証拠にフィリピン人特有の大きな目が先程のそれよりも一段度と大きくなっていた。 「度々どうもすいません、お邪魔しちゃって…。桃ちゃんいますかね」 名前を覚えるのが苦手な山瀬だったが何故か猫の名前を覚えていた。 「桃ちゃんですか…」 山瀬の問いに呆気に取られているようで、ほんの一瞬マリーの身体は動きを止めた。山瀬の問いに対する答えを見つけるまでそれは静止に近い状態だった。 「桃ちゃん…、桃ちゃん…」 停電のせいで止まったスイッチが入れっ放しの扇風機が、電気が復旧して急に動き出すようにマリーの動きもそれに似ていた。山瀬はそれを見ておかしくて顔の筋肉を緩ませた。 「すいません。急に変なこと聞いちゃったみたいで…」 マリーも自分の反応の仕方に気づいたのか、山瀬がしたのと同じ様に笑顔を浮かべた。マリーは家の中を振り返って見てみたがそこに猫はいないようだった。 「桃ちゃん…」 マリーはそう呼び叫びながら家の中に入っていった。残された山瀬は家の中に勝手に入るわけにもいかず、少しの間そこに立ちながらマリーの声の行方を耳で追うことしか出来なかった。家の中からマリーが猫を呼ぶ声が何度も聞こえてきた。その度に家の中にいるマリーの位置が違っているのが分かった。ふと何かの気配に気づいて山瀬は後ろを振り向いた。そこに礼儀正しく正座をしている白と黒の毛色をした猫が山瀬のほうをじっと見ていた。 「なんだお前そこにいたんじゃないか。いるならいるって言ってくれよ。ご主人様に迷惑かけちゃったじゃないか」 山瀬は理解できるわけもない言葉を無我夢中で猫に投げかけた。逃げられてしまうかもしれないと思ったからだ。 「いましたよ。ここにいました」 山瀬は家の中にいるマリーに聞こえるように大きい声で叫んだ。それでもやはり猫が驚いて逃げ出さないようにと気を使って中くらいの声を出しているつもりだった。山瀬は猫の前にしゃがみこんで挨拶代わりに頭を撫でてあげた。 「ミャーォ」 山瀬は「やっと気付いたね」と言われたような気がした。真新しい赤い首輪が気になった。山瀬はマリーが家の中から出てきたのを見計らって猫を抱き上げた。 「お前やっぱり重いな」 さっき来たときに抱き上げた時は膝の上に置いただけで然程重さを感じなかったが、今回は両手で地面から持ち上げた時にかなりの重みを腕に感じた。 「あら桃ちゃん外にいたの…。探しちゃったわよ。山瀬さんが用事があるんだって」 マリーも猫に気を使っているような話し方だった。 「外じゃなんだから中に入りましょう」 マリーが猫を抱いた山瀬を家の勝手口から中へ招き入れた。さっき来たときと同じ様に昼下がりの炎天下から急に家の中に入ると一瞬目が光を失った。家の中はまだ昼食のおかずの匂いで満たされていた。酢を使った料理なのだろうか、その酸味が鼻と喉の奥を突いたが、決して嫌な匂いではなかった。どちらかと言うと食欲を誘う匂いだった。  マリーは山瀬の興味が猫にある事が気になっているようで、幾分不安な表情を顔に浮べていた。 「桃ちゃんに用事っていったい何でしょう」 マリーは2人分の腰掛を用意しながら山瀬に問いかけた。 「さっき首輪に書かれていた「CC」っていう文字が気になってどうしても調べてみたくなったもので…。当たり前のことですが、桃ちゃんなんだからМOМOって書いてあるべきですよね」 山瀬はそう答えながら「CC」の部分が見えるように首輪を滑らすように回し始めた。もちろん猫が嫌がらないように気をつけながらゆっくりと回した。 「まあそう言われてみればおかしいですね」 マリーも山瀬の動きをそっと見守っていた。 「はずしてみてもいいですか。これ日本語で「ここ」っていう意味なんです」 マリーは頷いて息を呑んだように喉を動かした。山瀬はその仕草を確認するとやはりゆっくりと猫の首輪をはずし始めた。首輪を裏返してみると山瀬が思っていた通り何か傷のようなものがあった。何かが差し込めるように首輪と平行にポケットのような形に切り込んである。よく見るとやはり何か差し込んであった。マリーは相変わらず山瀬の行動をじっと見守っていた。山瀬はそのポケットからやっとの思いで小さな黒いチップのようなものを引っ張り出した。首輪が濡れてもチップには影響がないようにと薄いラップのようなもので包んであった。猫の首輪に埋め込むのにはちょうどいいサイズだった。 「これって携帯電話なんかに使うメモリーカードですよね」 チップの表面に1GBというメモリーの容量が表示してあった。山瀬は猫を落とさないように注意しながら腰を浮かせてマリーに手渡した。マリーもまじまじとそのチップを眺めた。 「そうですね。メモリーカードですね」 そう言いながらマリーは山瀬にチップを返した。 「そう言えば小町さん日本から5匹猫を連れてきたっておっしゃってましたよね」 既に山瀬の頭の中は他の猫の首輪にも恐らく同じものが埋め込まれているだろうという予想で占められていた。 「他の猫たちは私が欲しいという人を探してそれぞれ預けました。3匹はこの島の人たちに引き取られていきましたが、もう1匹はパラワン島に住んでいる私の友人がたまたまこの島を訪れていたので彼女にお願いしたら引き取ってくれるって言うんで預けました。彼女が帰るときに一緒に連れて帰ったと思いますが…」 山瀬はパラワン島と聞いてほんの少し面食らったが、まずはこの島の人たちに引き取られた3匹の行方を追ってみようと思った。 「マリーさん…。もしよろしかったら猫達を引き取っていった人たちの住所と名前を教えていただけないでしょうか。恐らく他の猫達の首輪にも同じ物が埋め込んであると思うんです。それとこのメモリーカード私が預かってもいいですかね。何が書かれているのか調べてみたいんです」 山瀬はそう言いながら猫に首輪を付け戻した。 「それは構いませんが…、でももし何か分かったら私にも知らせてくださいね。猫達を引き取って行った人たちなんですが…。住所と電話番号の分かっている人と、住所だけの人もいます。それでもいいですか」 山瀬は首を縦に振った。マリーは立ち上がりメモ用紙とボールペンを探し始めたが、それを山瀬が引き止めた。 「どうぞこれを使ってください」 一応小町の自殺について調べに来ている山瀬だったので、メモ用紙とボールペンくらいは用意している。山瀬は猫を床に降ろしてすっとそれをマリーに差し出した。 「すいません。でも私も全部覚えているわけじゃないので住所録を取って来ますね」 「そういえばそうですね」 山瀬は自分の心が逸っているのをマリーの言葉によって気付かされたことに少し恥かしさを感じて頭をぽりぽり掻き始めた。マリーが書き写してくれた猫の新しい飼い主たちのメモを受け取ってマリーの家をあとにした。  山瀬は簡単に猫に会うことができたことで、予想よりも早めに用事が済んだことを嬉しく思った。夜になってしまえばトライシクルを捕まえるのは難しくなるからだ。それでも陽はかなり西に傾いていた。山瀬はサミス・インへの帰り道を急いだ。夕暮れを背景に海に沿って走る道の両側に立つココナッツの木が南国の雰囲気をかもし出していた。青い空がオレンジと白と黒のコントラストへ変わっていく風景はいつ見ても山瀬の心に安らぎを与えてくれた。山瀬が自分の求める答えに真っ直ぐ突き進んでいくように、その情景の中をトライシクルのヘッドライトも一筋の光のように走っていった。 第四章 ー 訪猫 ー へ https://ofuse.me/e/16604

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