


7-4: 1 シャディクの目論見は、多分私にしか理解できないのだろうなとぼんやりと思っていた。彼がやろうとしたのは、すなわちイヌネコ社会の乗っ取りだ。私と同じ思考が出来る彼だから、ヒトが過酷な野生環境下でイヌネコのように文明化することは不可能に近いことを理解していた筈だ。ドラゴンという絶対的な捕食者が居る環境でヒトは生き残れはしても、高度な文明を形成するにはどうしてもリソースが足りないからだ。だから奪う。既に出来上がっている物を強奪し、イヌネコを排除してヒトがそこに成り代わる形で、技術的な問題を一気に踏破する。ヒトの主権? とやらを重視し、尊厳と権利を主張している彼らにとっては、一見するとスマートで冴えたやり方のように思えたのだろう。 彼らに足りなかったのは、己が相対している生き物がどういう生き物なのか、その知識が圧倒的に足りてなかったことだ。いや、知識はあったのかもしれない。戦力として測り、計算し、確信を持って実行に移した筈だ。だから足りてなかったのは知識ではなく実感。イヌネコの身体能力、聴覚と嗅覚、それらが極当たり前な社会の中で生きて初めて培われる〝当然〟の感覚。音に敏感な彼らを音で脅かしたら、そりゃ吃驚するでしょっていう、ただそれだけのこと。 2 シャディク率いる兵達が掲げていたのは、小筒を粗雑に模倣したような武器だった。恐らく先端から小さな礫を射出するのだろうということは予想できた。スレッタは即座に射線を遮る為に私を抱き寄せて、大きな体で覆い隠した。 それから爆音がした。ヒトである私にはただ煩いだけだったが、イヌやネコにとってはそうではない。最悪だったのは恐らくシャディク自身がそれを予想出来ていなかったことだ。彼らは掲げた武器から出る音や光でイヌネコを脅かし、怯えさせようと考えていたのだろう。実行した結果どうなるかなんて知らずに。 音に驚き、その場に居た全員が一斉にこの場から逃げ出そうと駆けだした。周囲に居た群衆、騒いでた二足歩行主義者達、全員がパニックになったのだ。彼らは四足で逃げようとする。大きな通りとは言え道は限られていたが故に、イヌネコの内の何鼻かはシャディク達の一団に突っ込み、先頭に立っていたシャディクを避け、その先にも居たヒトを跳ね飛ばした。彼らはそのままヒトを紙屑の様に吹き飛ばし、踏み潰して走り去る。シャディクの兵は金属を曲げた粗末な防具を身に着けていたが、吹き飛ばされたヒト達はそれが逆に仇となってしまったようで、ひしゃげた金属に腹部を突き刺され激しく出血し、直ぐに動かなくなった。 3 スレッタが抱き寄せて守ってくれていなければ、私も同じようになっていただろう。肉と肉がぶつかる音、ぐしゃりと何かが潰れる音、ヒトが上げる悲鳴、イヌネコの重たい足音が暫くの間響いた。音が鳴りやんでからそっと覗くと、通りは屠殺場よりも酷い、血と臓物と肉で溢れた凄惨な現場に変わり果てていた。 「なん……え、……は?」 シャディクは呆然と立ち尽くしていた。全体の何割が犠牲になったのかは分からない。生き残ったヒト達も彼と同様に現状を信じられないかのように呆然と血だまりを見下ろしていた。彼らだってイヌネコと戦って死ぬ覚悟は出来ていたと思う。彼らの主観ではヒトの権利の為に勇敢に戦い、死ぬことは名誉である筈だからだ。しかし実際に彼らを殺したのは単純な、爪や牙ですらない圧倒的な膂力と質量だ。戦死ですらない、ただ逃げ道に立ってたから磨り潰された、それだけのこと。見誤った、計算を間違えた。発砲の号令をしたのは彼自身だ。 それは幾ら犠牲を織り込んでいたところで耐え難いものだろう。彼の焦点の定まらない目が逃げ損ね地面に這い蹲っている二足歩行主義者を見て、暴走するイヌネコから私を守ってくれたスレッタを見て、それから最後に私を見た。 4 「……だから言ったのよ。対等であることが大事なんだって」 結局のところ〝これ〟なのだ。イヌネコの、竜と真正面から生存競争をしてきた種族の膂力は、私達のそれを遥かに凌ぐ。最初から共に生きることを拒絶してきた彼らにはそれが分からなかった。だから遠くから観察して、武器を持てば勝てるなんて甘い算段を付けてしまった。私が個々のヒトの幸福について考えてガンダム社を作った理由は、シャディクの掲げた力による権利の奪取を拒んだ理由は、ただその一点に集約される。〝敵うわけがない〟と確信してたからだ。 ダイア種大型イヌであるスレッタと肉体的に深く繋がるのは、私にとっては日常茶飯事だ。あの子が私が壊れないように労わりながら愛してくれるたびに、その質量と加減された力、骨の太さ、私の体を内側から変えていくスレッタのオスの部分を飲み込むたびに、だからヒトは家畜に甘んじているのだと実感していた。ヒトなどという存在はあまりにも脆弱で簡単に殺せる存在なのだと体に分からせられ、なのに何処までも優しくしてくれるところに愛と思いやりを思う。 あの子の庇護が無ければ私は生きられない。ならば私達は、手を取り合うべきだろう。互いを補い合える、かけがえのないパートナーを目指すべきなのだ。 5 私を懐に抱いて守ってくれているスレッタは身体を硬直させ、荒く息を吐いている。目を見開いて前を睨んでいるが、耳は後ろに思いっきり寝かせられ、全身が微かに震え、尾は股の間に挟まれていた。本当は皆のように逃げ出したいのだろう。逃げ遅れて地面に這い蹲っている二足歩行主義者を庇っていたエリクトも、動けはするみたいだが表情は厳しい。皆が反射的に逃走を選ぶような状況なのに、大型種の彼女達は守るべき者の為に踏み止まらざるを得ないのだ。 「だー、もう。あんだけ偉そうにしてた癖に! ボクら居なかったらキミ今ぺしゃんこだからね!? そこで反省してて! ……スレッタ! 呆けるな!」 哀れに震えているだけの二足歩行主義者を蹴とばし、エリクトが吠える。 「慣れてなくて怯えるのは分かるけど、レックスの吠え声はこんなもんじゃないんだよ!? しゃきっとしろ! 雷だって克服できたでしょ!?」 エリクトはシャディク達の方へ駆けだしたと思った次の瞬間、彼らの頭の上を飛び越え、壁を蹴って集団の後ろに回り込んだ。スレッタを叱咤しているのは前後で挟み撃ちにする為のようだ。殆ど戦意喪失しているとは言え、武装しているし拘束する必要があるのだろう。スレッタはハっとして耳を立てる。 6 「ミオリネさん隠れてないとダメです! あれ結構痛かったので!」 「えっ、あ、うん……いやあんた撃たれてるの!?」 正気付いたスレッタはまだ息が上がってはいたけれど、テキパキと私を背中に隠し、頭を低くした四足でシャディクににじり寄る。生き残ったヒト達は軽く恐慌状態に陥りながら手にした武器を二鼻に向けて牽制しようとしつつ、じりじりと家畜のように追い立てられ、一か所に集められてしまう。 「くっ、対等? これが対等だって!? ミオリネ〝これ〟がか!?」 シャディクは血と臓物に塗れた地面を指さし、それからじっと睨みつけながらゆっくりと距離を詰めようとするスレッタを指さして叫んだ。 「反抗することさえ許されず、一度その野蛮が解放されたら引き潰されるだけの立場に甘んじることの何処が対等だ! 君がやってるのは、飼い主とペットという非対称な関係の中にヒトの尊厳を埋没させ、強固に固めてるだけじゃないか!」 「それの何がいけないんですか!?」 彼の言葉に反論しようとしたら、驚いた、スレッタが大きな声で否定した。 「イヌとヒトだから対称じゃないのなんて当たり前です! だからなんですか!?」 7 スレッタは怒ってるようだった。彼がかけた号令でたくさんヒトが死んだ事にだろうか。それとも、顧みもせず反論しようとしたシャディクにだろうか。 「私ができないことをミオリネさんがして、ミオリネさんができないことを私がするんです。だから一緒に居られるんです、おんなじな必要なんてどこにも無いんです! 私達みたいに補い合って一緒に生きていけるイヌネコとヒトを、ミオリネさんは頑張って増やそうとしてるんです! その為にお金稼いで会社作ってネコ雇ってってしてるのに、さっきから聞いてれば好き勝手言って!」 ……どうやら私を馬鹿にされたと思って怒っているらしい。本当、この子は。 「大体! 出ていきたいなら勝手に出ていけばいいし、ヒトだけで暮らしたいならそうすれば良いんですよ、自由にしたらいいんです! なのになんか尊厳がどうのと訳の分からないことを言って……。私達の邪魔、しないでください!」 あぁ、それは。スレッタには論破する意図はなかったのだろうけど、シャディクはそれで口を噤んでしまった。〝自由に生きて自由に死ぬ〟それだけを美徳としているイヌネコの社会に於いて、それは何処までも正しい意見だったからだ。 「その上仲間をこんなに犠牲にして! 良いですか!? リーダーたるもの……」 8 スレッタはなんかもう後半はイヌの言葉で唸り始めてしまってよく聞き取れない。シャディクは武器を下ろし、静かな目で憤慨してるスレッタを見ていた。 「……初めてだな。イヌに大真面目に怒られたの。……皆、武器を下ろしてくれ」 そうだろう、彼は降参するしかない。成功しない革命は集団自殺と変わらないし、初手で失敗した以上これ以上の足掻きは無駄に死者を出すだけだ。シャディクは私とスレッタを交互に見て、意味ありげな、けれど吹っ切れたような笑みを浮かべた。仕方ないと敗北を認めるような笑みだった。何。腹立つんだけど。 「降参だ、大人しくする。是非とも理性的な裁定を願いたいところだね」 「じゃあクマも撤退させてね」 エリクトが拘束するための縄を取り出しつつそう要求するが、シャディクは首を振る。やはりそうか、あんまり当たって欲しくない予想が当たっていた。 「クマの連中にはこちらの言う通りに襲撃すれば沢山食糧が得られるとしか言ってないんだ。だから……申し訳ないが俺から撤退するよう要求するのは、無理だ」 クマは個々に好き勝手襲撃をしているだけ。それはつまり、状況はあまり改善していないということでは? 甲高いサイレンの音が遠くから聞こえてきていた。 20260715 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 歴史上の人は耳が悪いので「うるせー」と思いながら火縄銃を使ってたけど、イヌネコからしたら至近距離に雷落とされてるくらいの音量なので、前触れなくそれ鳴らされたらビビるし大パニックになる。何せこの世界でこの莫大な重低音はそのままレックスの咆哮とかを思わせてしまうので…。 おシャが生き残ってるのは“先頭に立っていたから”というだけです。一個目の障害物は反射的に避けれるんだけどねぇ、避けた先にある障害物は避け切れないから踏み潰しちゃうよねぇという。おぉブッタ、ツキジめいた惨状だ。ミさん達イヌネコ社会で生きてるヒトは物心付いて飼い主に買われてからずっと“爆裂に手加減されて”接して貰ってるのを理解しているので、信頼関係構築できてない相手にそういうことしたら、そりゃ“そう”なるでしょみたいな感覚がある。おシャは施設から直接逃げ出して生きて来た個体だから、観察の結果得た知識としては知ってたけど全然実感はなかった。それが完全に裏目に出た。可哀想に。 火縄銃は、んーっと人間を殺す力はあるんですが、スレッタはダイア種の大型イヌでほぼ現実の熊みたいなもんの為、当たった感想は「結構痛い」で合ってます。これで大型殺せないのはシャディクも分かってた。小型種なら大怪我するし、うまく当てれば普通に殺せる。 ・革命は成功しなければならない: 暴力革命は、要するにどれだけ多大な犠牲を払っても成功さえしてしまえば犠牲は“尊い犠牲”として処理され、英雄視される。望んだ結果が得られるし、払った犠牲は決して無駄にはならない。 だが途中で止めてしまえば、狂ったキチガイが集団自殺したという事実のみが記録されることになる。それ故、成功しなかった革命というのは途中からイデオロギーにどれだけ殉じれるかのチキンレースになり、一歩間違えばそれこそ首謀者が全員死に絶えるまで終わらなくなる。 シャディクが20話で「俺は俺の罪を肯定する」と啖呵切ってるのは、つまりその犠牲を肯定して必ず革命を成し遂げる、それでこそ彼らの死に意味があるということなんだよね。けれど普通に捕まったので彼の革命は強制終了されたわけだ。 というわけで今回はガチの“無駄死に”を用意しました。ふへ。必然性も無ければ革命になんら意義も残せず、ただおシャがイヌネコを測り間違えた“だけ”で死んだ何の意味も無い犠牲だよ。直視してね。 あ、死んでほしかった人ゴメンネ。トラは本編で死んでないネームドはあんまり殺さない主義なんだ…。
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