


7-6: 1 「ミオリネ、責任を感じてるのは分かるが、その……ショッキングだと思うぞ?」 アリヤの言葉に首を振る。きっかけは確かにシャディクだったが、これは私もいずれは受け止めなければならない問題だった。 「良い。大丈夫、案内してくれる?」 アリヤは優しく誠実なイヌだ。リリッケとマルタンを見ていれば彼女が信頼できるイヌなのは分かる。だから今日は彼女に案内を頼んだのだ。 シャディクの革命が失敗した日から数日後。彼と彼が率いていたヒト集団は今は軍と探偵の預かりになっており、再発防止の為の議論が交わされている。と言っても、イヌはともかくネコは自由を強く好む為、シャディク達自身は追放刑と裁定される可能性が高い。そもそも好き好んで野生で生きていた個体なんだから、野生に戻せば良いだけだろう。論点はそこではなく、今後シャディクのようにイヌネコが飼い主であることに反発し、社会を憎悪するような個体が現れた時、どう扱うかの部分だ。思想は自由だが、またクマを扇動されたら敵わない。 まぁその辺りは軍のお偉いさんが考えることだ。私はそれよりも、イヌネコの社会の中で生きるヒトとして考えなければならない問題に直面しようとしていた。 2 どうしてシャディクは家畜種ヒトの繁殖施設を、愛玩種ヒトの繁殖施設のように解放・保護しなかったのか。あの後殆どのヒトはシャディク達のグループと合流するか、途中で野生の生物や竜に襲われるか、街に戻ってきたらしい。家畜種にはそれすら許さずクマに喰い殺させたのは何故か。そう訊ねると彼は言った。 「あぁ……ミオリネは見たことが無いのかな。見たらわかるよ。アレは……アレは俺達と同じ〝ヒト〟なんかじゃない。血も肉も、体は同じで匂いも一緒なんだろうけど、俺達の誰一人仲間だとは認識できなかった。クマもね」 私はその言葉の意味を確かめる必要がある。社会に於けるヒトの地位向上を、私達が社会の中で生きるようにするのを目標とするのならば、『では家畜種のヒトは例外なのか?』について一定の解を持っていなければならない。見捨てるにしても、同じ仲間として擁護するにしても、だ。 「うぅ、ミオリネさんお迎えしてからは見ないようにしてたので、私も直視できないかもです……。はっ、先に言っておきますけど! 私達からしてもミオリネさんたち愛玩種のヒトと、お肉にしてる家畜種のヒトって全然違いますからね!?」 スレッタはそう言ってくれたが、喜んで良いのかは微妙だった。 3 「家畜種のヒトは、選択的にストレスに強かったり従順な個体を選んでブリードして来たらしく、また食肉用家畜として歩留まりや育成コストも改善が図られたらしい。要するに早く育って太りやすくてストレス耐性が高いってことだな」 前を歩くアリヤが解説してくれる。ヒトの飼育房は工場内にあるそうだ。ということは日光を遮断して飼育するのか。温度管理の問題もあるのかな。私と同じだと想定した時、服を着せるのは手間だろうから。 「生まれてから2,3年で成熟し、大体その位に出荷される。繁殖用の個体の傾向を見ると、長くても20年程度しか生きられないらしい。……ここで防疫だ」 話していると清潔感のある部屋に着いた。変な病原菌を持ち込まないように服をアリヤと同じ飼育員用のものに着替え、手を洗い、足には専用のカバーを着けて、マスクをするらしい。ヒト用のマスクなんて無いので、無理矢理着ける。 「この先が飼育房だ。最初うるさいから気をつけて。あとかなり匂うぞ」 アリヤが前置きしてから飼育房の両開きのドアを開ける。スレッタが反射的に鼻を抑えたので、結構きつめの匂いがするようだ。鼻の良くない私からすると、以前見学させてもらったブルやノシシの家畜房と然程変わらないように感じる。 4 扉の横のスイッチが押されると、暗かった部屋にパッと灯りが付き、あちこちから一斉に鳴き声が上がった。ぶも、とか、ぐご、みたいな音だ。それが一時的に騒がしく鳴り響き、すぐに静かになる。普段は薄暗くしてあるらしい。 飼育房は大きな吹き抜けのエリアになっており、柵が並んでいた。柵の中に何頭か居るのがヒトなのだろう。だろう、というのは、パッと見るだけではそれがヒトだとは認識できなかったからだ。ほんのり薄く赤みを帯びた白い肌、頭に申し訳程度の毛を生やした、ヒトによく似た生き物とでも言うべきだろうか。確かに手足の形状や、目鼻の付き方とかは近しい。しかし丸々と肥え太り、相応に脂肪で太い手足、それ以上に大きい腹、それらを支える為に膝をつく四足のような歩き方をしているのを見てしまうと、同じ種類の生き物なのか疑いたくなる。 「これが給餌カゴ。こっちが飲料水。放っておいても好きな時に食べて好きな時に寝るんで、環境を整えてやるのが飼育に於いては重要項目だな」 そして何よりも、私がじっと見ても視線が合わない瞳は、良く言えば濁りの無い純真さを、悪く言えば何も考えてない愚鈍な輝きを灯していた。アリヤの淡々とした説明にも無反応。凡そ知性と呼べるものは有していないように見える。 5 「これが家畜種の、ヒト……」 確かにこれを自分達と同じだと認識するのは難しいだろう。そう納得してしまっている自分が厭だった。他のブルやノシシと変わらない、飼育環境の安寧に身を沈め苦痛も苦悩も感じることなく生きて死んで肉になる、これはそういう生き物だ。ヒトの知性がどうの尊厳がどうのと熱く語っていたシャディクがこれを同族と認めず、クマに対する餌として切り捨てたのも納得できてしまう。 「まぁその、スレッタが言っている通り、正直なところ私達からすると家畜種のヒトと、ウチのリリッケやマルタンが同じだとは思えないんだ。近縁種だからって食肉家畜と罵倒するイヌネコも居るが、ここまで来ると別の生き物だよ」 アリヤは難しい顔でそう口にする。 「最初の頃はウチの子と同じ匂いがするから混乱したけどね。……スレッタ、そろそろ落ち着けたか? 一回外出るか?」 「だ、大丈夫、です。ちょっとビックリしただけなので……」 頭を振るスレッタにハッとなる。匂いは確かにヒトなのか。鳥と竜と蜥蜴が見た目は違えど同じ仲間として扱われる程度には、私もこれと同じなのだ。 6 「……スレッタは、このヒト達と私の違いって何だと思う?」 漠然とそう問いかける。愛玩種のヒトも、家畜種のヒトも、本質的には〝自由に生きて自由に死ぬ権利〟が無い生き物という点で同じく家畜だ。だがただ肉として証券一枚で管理され、恐らく名前も持たずに消費されるだけの彼らと私では根本的に違う点がある。シャディクならばそれが知性だと言うだろう。スレッタならなんと言うだろうか。もしかしたら、違いなんて無い、一緒だと思うと答える可能性もある。スレッタはそういうところがあるから。きっとこの子は、私を飼っている今でもヒトの肉を食べることが出来るだろう。私に配慮してそういう話題は口にしないし、市場に私を近づけないようにしているけれど、食事としてヒト肉の料理が出されたら気にせず食べるだろう。 だからこそスレッタの意見が聞きたかった。私が悩んでいる点は、簡単には答えが出ないから。スレッタの意見が聞きたかった。 「え、全然違いますよ何言ってるんですか?」 しかし返ってきたのはどこか憤りすら帯びたそんな回答だった。私が悩んでることがまるで理解できないと眉を寄せ、馬鹿にしたように溜息まで吐いて見せる。 7 「まずですね、ミオリネさんは他のヒトさんの中でも特別なんです。なにせミオリネさんですからね。真っ白できれいでお顔が整ってて良い匂いがして可愛くて賢いんです。なので家畜種のヒトさんたちともとーぜん違います、いいですね?」 突然のべた褒めにちょっと顔に血が上る感じがする。いきなりなんなんだ。 「そりゃまぁ匂いは皆一緒ですけど、匂いが一緒だから同じってのは私とアリヤさんが同じって言ってるくらい変です。大型と中型なのにですよ? 変ですよね?」 「まぁそうだな。ヤケイとラプターを同じだって言うようなものだ」 それはそう。本当にそう。形が近くて匂いが近いから同じ、と言うのであればイヌとネコは同じなのか? という話になってしまう。当然、そうではない。 「ミオリネさん……ミオリネさんは何に悩んでて、どうしたいんですか?」 「……ガンダム社は、ヒトの権利獲得を目指してるでしょ。家畜種のヒトの権利も守るべきなのかどうかを、ずっと悩んでるの」 もし愛玩種と家畜種の差が生態と知性の違いだけならば、それを理由に彼らを見捨てるのは、論理的に破綻してしまっているのだ。馬鹿は救わなくていい、もうすぐ死ぬ奴も救わなくていい、そういう話になりかねない。 8 「? ガンダム社はヒトさんが幸せに暮らせるようがんばる会社ですよね?」 ざっくり言うならそうだ。全てのヒトが納得して生きられるよう、選択肢を与える。いずれ社会の中で、全てのヒトが幸せに生きて死ぬ為に。 「家畜種のヒトさんは、権利が欲しいって思ってるんですかね?」 「……っあ」 賢くなり過ぎたのが問題なのだと、親父はよく言っていた。愚かであれば悩むことも怯えることも無く、不安も感じず安寧の内に生きて死ねたのだと。我々愛玩種ヒトが知性を得たのはただの不幸でしかないのだと。であるならば、知性を得たヒトである私が一方的に彼らを不幸だと決めつけて権利とやらの為に苦痛と苦悩に塗れた世界に放り出すこともまた、私が憎む理不尽の一種なのだろう。 「スレッタさ、……もし私が先に死んだら、その時は食べてね」 「はぁ!? イヤですけど!? どうしてそういうこと言うんですか!?」 飼育房を出る間際一度振り返った。彼らは幸せかどうか分からないが、少なくとも不幸ではないだろう。私は愛玩種ヒトとして生まれ、スレッタと一緒に生きて死ぬ。不幸かもしれないけれど、今は幸せだ。多分それだけが事実だった。 20260717 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 家畜種ヒトを、ガンダム社は、ミオリネさんは自分達と同じように権利を持たせるために社会と戦うべきか? もししないのなら、その理由を“知性の有無”としてしまうのなら、それはシャディクと同じでは? の議題です。 尚、ガチで尺が足りなくて5話とかいうクソ遠い所で書いてしまったので皆さん覚えてないかもしれないんですが、この社会での家畜は基本的に丁寧に丁寧に扱われます。ストレスを与えないよう気を使って飼育され、苦痛を感じないよう工夫して屠殺されます。何故なら、ストレスや苦痛での味の変化に対してイヌネコが非常に敏感だからですね。だからヒトを使ってブルや黒ノシシを飼育するようになったアリヤは味が良いと評判になったって話だったので。 なので家畜種のヒトもストレスを与えないよう注意して育てられてます。また家畜化の際の選択で、ストレスを感じにくく群れてると充足感があるような個体、大脳などの委縮と一種の知的障害の様相、高確率で三つ子になるような遺伝子選択、などの選択圧が加わってます。これはまぁ、ヒトで例えるとくそグロイですけど、現実でもイエイヌとかイエネコとか、豚とかガチョウとかで余裕で行われてきた家畜化のプロセスと同形です。 家畜=不幸って決めつけるのもまた違うよね、という話をここでしておかないといけなかった。エグイ~ってなった人ごめんね。そもそもこの世界だと家畜化されてなかったらミオリネさんいませんからね。あと家畜種の権利を! とか言い始めたら経済市場に対する攻撃になるので大変な事になる。そもそも実現性が低いんだけど、それでもミオリネさんはミオリネさんなので悩まないといけなかった。 あ、牛丼の支援を貰っているから牛丼を食べました。何の報告? あと次おまけ挟んで7話終わりです。8話はただイチャイチャするだけの予定だからマッテテ。 投稿してから気づいたけどエリクト無事だって書くの忘れてた。多分無事です。
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