


8-4 1 スレッタが案内してくれた町は、今私達が暮らしている大都市に比べれば遥かに小さなもので、防壁内には発電所と研究所と家が所狭しと並んでいる。街灯は無く、道行くイヌは足元をほのかに照らすオイル式ランタンを手にしている。これは道中の宿場町でも見た光景だ。都市では煌々と辺りを明るく照らしているけれど、十分な防衛設備が無いこういった場所では不用意に灯りを付けることはドラゴンに襲撃されるリスクを上昇させるだけだから、というのもあるが、単に電気を節約したいだけだと思われる。イヌもネコも月明かりで夜間出歩けるほど夜目が効くから、なんなら普段電気式の灯りを点けてる方が贅沢なのだろう。 彼らにとってはその程度の話でも、私には大問題だ。暗すぎて何も見えないのである。三日と少しかかる見積だった旅程を、早め早めに移動を開始することで三日目の夜に着くことが出来たが、これでは町の様子は分かりそうにない。 「こっちです、ミオリネさん」 スレッタが私の手を掴む。寄り添ってくるあの子の体温に目を細めた。久しぶりに帰ってきてはしゃぎたいだろうに、私が何も見えてないことを知っててこうして気遣ってくれる。歩幅を合わせてくれる優しさに、眩しいななんて思った。 2 入り組んだ居住区を登った、とある家。居住区のせせこましさを鑑みるに、町の規模に対して頭数はそれなりにいるようだ。スレッタのアパートみたいな構造だったが、扉を開けるよりも先にキャーという高い声が聞こえていた。 「私、姉妹が沢山いるんですよ。でもまだ幼くて……なのでその、ミオリネさんはちょっともみくちゃにされるかもしれません。覚悟しておいてください」 妹がいるのか。イヌネコの仔はじっくりとは見たことが無い。どんな感じだろう。少しわくわくしつつも、これからスレッタの家族に挨拶するという緊張の方が強い。スレッタが言うには最初にしこたま匂いを嗅がれるからじっとしてろとのことだったが……。スレッタが扉を開ける。するとその向こうには、ドア枠にみっちりと赤と黒と白のもふもふが満たされており、黒や焦げ茶、ピンクの大小さまざまな鼻が突き出され、ふすふすと匂いを嗅ごうとしていた。 「……いや何鼻いるのよ、これ」 「!? 喋った!」「スレッタのツガイさん喋る!」「おかえりスレッタ!」 「このヒトなに!?」「こんにちは、ヒトさん!」「スレッタおかえり!」 わんわんキャンキャンと大小さまざまな鼻が口々に叫ぶ。何頭いるのマジで? 3 私が困惑していると玄関の奥の方からオン! と力強い吠え声がして、声に合わせて、ドア枠を埋め尽くしていた赤色達はじたばたしながら身を引っ込めた。スレッタとエリクトによく似たイヌ達だ。大きいのも小さいのもいる。 その奥からは大きな真っ黒なイヌがのしのしと歩いて出て来た。毛並みは黒と灰色が混ざった色合いで、ヒトの眉毛みたいに眉間に二つ黒丸模様が乗っている。私に気が付くと、小さく首を傾げた。それから手を床に着けて頭の位置を下げると、私より少し距離を置いた位置に伏せてふんふんと空気を嗅ぐ。恐らく私とスレッタの関係に気が付いたのだろう、驚いたように私を見た瞳は驚くほどスレッタに似ていた。その黒いイヌは舌をペロンと出して私からゆっくりと視線を逸らす。耳はゆったりと引かれ、尻尾もまたゆったりと左右に振られていた。 泣きそうになった。スレッタに初めて家に連れ帰られて歓迎された時のことを思い出したから。私を怖がらせないように大きい体を縮こめて、心配しなくていい、歓迎するよと体動詞で伝えて来る姿が、スレッタとそっくりだったから。 「お父さんお父さん、ミオリネさんヒトだから、それだと伝わらないよ?」 「 ……? あ、そうか。すまないね、イヌ訛りが酷いってよく言われるんだ」 4 スレッタのお父さんは首を傾げて、改めて私にふにゃっと笑いかけた。 「初めましてヒトのお嬢さん。ウチの娘をツガイに選んでくれてありがとう。サマヤ家はキミを歓迎するよ。長旅で疲れたろう、ゆっくりしていくと良い」 「歓迎ありがとうございます。お宅の娘さんとお付き合いさせてもらってるミオリネです。滞在中はお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします」 「おぉ、エリクトから聞いてはいたけど、本当に喋るんだねぇ。先生が喜びそうだ。僕はナディム、スレッタの父です。実家のつもりで寛いでほしいな」 グイっとその場で伸びをして、スレッタのお父さん、ナディムと名乗った彼は二足で立ち上がる。背丈はスレッタと同じか少し小さい。それから先程みちみちに詰まっていたスレッタの妹達を並べて一鼻ずつ挨拶というなのしこたま匂いを嗅がれる時間が作られた。流石に11鼻も居たので名前は覚えきれなかった。大きいのはスレッタに近い体格をしていて、一番小さい子で1歳と半年ほどだという。 「すまないね。エルノラはまだ帰ってないんだ。そろそろ夕食の時間だし、ご飯作って待ってるって誰か言ってきてくれないかな?」 「あっ、じゃあ私呼んできます!」 5 スレッタがそう言って飛び出すと、他の仔達も一斉に走って出ていった。 「はは、あの位の歳の仔はとにかく走りたがるんだ。キミも苦労するだろうね」 その場にはナディムさんと、私よりも小さくてまだ二足で立ち上がることもできない仔達が残されていた。キミも、というのはどういうことだろう。スレッタは以前楽観的なことを言っていたけれど、私はヒトでスレッタはイヌ、種族が違いすぎる。仔が出来る想定をするのは難しい筈で、それはナディムさんには自明の事の筈。訝しむ私を手招きして、ナディムさんは家の中に入るよう促した。 「この仔がウチで今一番小さくて2歳。抱っこするかい?」 ナディムさんが持ち上げたのは末っ子、手足と頭が不釣り合いなほど大きく、まだ四足で歩くのも儘ならないらしいその仔は、私が抱え上げると物怖じしない様子で大きな瞳でじっと私を見上げて来る。何考えてるんだろうなこれは。 「知らないのも無理はないんだけどさ。出来るよ、仔共」 耳を疑った。黒いイヌは悪戯っぽく笑ってそっと声を潜める。 「雌雄同体の個体は、なんでもアリだと思った方が良いね。僕もまさか13鼻も仔を持つとは思わなかったからさ。なんか生殖能力が桁違いみたいなんだよねぇ」 6 「えっ、でも遺伝子ってのが違いすぎると仔は出来ないって本に……」 ナディムさんはじゃれついてくる赤毛の仔達を鼻先であやしつつ「それがねぇ」と首を振る。仕草や言葉選びにスレッタとの血の繋がりを感じるなぁ。 「雌雄同体は繁殖機会を増やす為にそうなったんじゃないかって言われてるよね。先生が言うには、それは相手が誰であろうと繁殖できる強さなんだってさ」 同種族異性のパートナーが存在しない環境に於いても、イヌネコという種全体を保護する大型種の遺伝子を残そうと足掻いた痕跡なのだとナディムさんは言った。自身が孕む場合相手を孕ませる場合双方に於いても、相手の遺伝子に寄り添うように上手く適合し、受精卵を成立させるらしい。また相手を孕ませる場合、精液に一種の免疫抑制成分が含まれていて、それを繰り返し流し込むことで本来の異物を攻撃する母体機能を抑制し、着床まで持っていってしまうんだそうだ。 「あっ、だから軍の精子バンクからのスレッタ宛にハガキ来てたんですね……」 「そうそう。雌雄同体個体の精子は受精・成功率が高いし強くて丈夫な仔になるからね。軍も高く買い取るんだ。純血個体を産むと補助金も貰えるし」 生々しい話になっちゃったな。スレッタはそういうの利用したりしたのかな。 7 「あの子は気にしないだろうけど、そういう訳だからキミも覚悟はしておいた方が良いね。……あぁでも、ヒトだから僕よりはマシかな?」 「マシ、とは?」 ナディムさんはスレッタに似た、けれど上の牙を見せる少し怖い笑みを浮かべて唸る。含意があることは分かったけれど、どういう意味なのかは分からない。 「分かんなくて良かったねってコトさ。あの子今、オスとメス両方のツガイの匂いさせてるんだよ。……僕は毎日エルノラにアレを浴びせられてるから」 あぁ、それは確かに大変だ。多分さっきの立場逆転交尾のせいなのだろう、私がイヌだったらオスとメス両方から〝スレッタは私の〟と〝私はスレッタの〟を浴びることになっていた。ヒトがフェロモンを受け取れなくて良かったと思うべきか悔やむべきなのかは、ナディムさんを見ていても判断できなかった。 ……ん? ナディムさんはオス、よね? あれ、これ考えない方が良い奴? 「まぁ、ね。仔がいっぱいいるのも良いもんだよ。ご覧の通り純血のダイアはいっぱいいるから、キミが気にすることは何もないさ。食費はヤバいけども」 15鼻の大型イヌの食費……、普通に働いてたんじゃ絶対に稼げないわね。 8 家の中を見回す。スレッタの家よりも広く、相応に物で溢れていて、家具はお仔さんが齧ったのか歯型だらけでボロボロだ。ここでスレッタも育ったのだ。きゃん、と抱いた仔が鳴く。2歳だという仔はむくむくしていてまだ小さい。体重も私が抱えれるくらいに軽い。これがスレッタやエリクトみたいなサイズに育っていくのだから、イヌというのもなかなか不思議な生き物だな、と思った。 スレッタ似の仔イヌに囲まれて過ごす未来か。想像してみる。先ほどみたいに自分より大きな仔に囲まれる。もしかしたら、私に似た仔も出来るかもしれない。そしたら私が言葉を教えたあげられる。あぁでも、私とスレッタの間の仔って、分類上は何になるんだろう。イヌ? ヒト? 新しい種族? きっと毎日騒がしいし大変だろう。でも、悪くない、今の私はそう思っている。 「さて、夕飯作ろうか。ミオリネさんはどのくらい食べる? ウチのの半分?」 「あ、手伝いますよ。私の量は4分の1くらいで丁度いいかと思います。生肉がダメなのでそこだけ注意していただければ」 「え゛っ、……それだけ? もっと食べないと大きくなれないよ?」 彼の言い方があまりにもスレッタに似てて、ふふっと笑みがこぼれた。 20260728 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 サマヤ家:エリクト(20)スレッタ(17)[2mの壁]三女、四女(15)五女、六女(14)[150cmの壁]七女(12)八女、九女、十女(11)[二足可能年齢の壁]十一女(10)十二女(8)十三女(2)の脅威の十三姉妹。ちなみにスレッタはまだ身長伸びてるので最終的にはエリクトよりでかくなる。 イヌネコは大体1~3匹を、小さく産んで大きく育てる形式。なので生まれた時は大型種でもヒトの赤ちゃんかそれよりも小さいくらいのサイズ感してます。その代わり人間の3倍はご飯食べる。この生態で成り立たせるのに必須だったのが牧畜と酪農だったわけです。サマヤ家は純血ダイアだけど、イヌに純血主義があんまりいないのはイヌの雌雄同体個体は大体パートナーが愛おしすぎてこうやってバカスカ産むからというのがあったりする。大型種は出産リスクまぁまぁ低く出来てる。 とはいえ平均的には5,6匹産んだら良い方である。育てるのも大変だからね。こんな状態の家があるのに増えすぎてない理由はまぁ、壁の外出たら死の危険がある世界だから…。ダイアなんてバリバリ前線組だし…。 ナディム:サマヤ家の女に性癖ぶっ壊され男。でも幸せだからオッケーです。 スレミオの仔:できます。やったぁ! 理屈の方はよく知らん。 っていうか多分今“ウルフ種”と呼ばれてる種族、ダイアのせいで交雑した種が固有種として定着したものだと思われる。
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