


8-5 1 ヴァナディースは生物の、主にドラゴンを研究してるところだ。辺境にわざわざ町を作ってるのは、その方がドラゴンに触れる機会とか、実地実験とかが簡単だから。勿論辺境で暮らすってのは軍の庇護を受けられないってことでもあるし、燃料一つとっても貴重な環境だけれど、皆逞しく生きているのだ。 「スレッタ、お母さんあそこいるー」「エリクトも居るねぇ」「ママー」 一緒に走って来た妹たちが尻尾をぷんぷん振りながら口々に言う。私もそうだったけれど、イヌの仔は体が出来上がってきて二足で立てるようになると、とにかく走りたがるようになる。そのせいで皆着いて来てしまったけれど、案内は必要だったからむしろ助かった。久しぶりに帰ってくるとあちこち竜の匂いだらけで面食らうや。街は流石にもっと 私達が今いるのは壁の外にあるノシシの牧場だ。お母さんはこの時間はここで見張りをしている。町の中にはスペースが無いので、牧畜は大体外で飼うことになる。外で飼っているので、当然のようにドラゴンが襲ってくる。竜忌避剤の実地検証も兼ねているんだけれど、やはりまだ万全とは言えず、時折ラプターとかがノシシを掠め取ろうと近付いて来ることがあった。 2 「あら……帰ってきてたのね、スレッタ。おかえりなさい」 お母さんはノシシを囲った柵に腰掛け、飼育員さんがノシシたちを飼育房に戻すのを眺めていた。お父さんよりも少し明るい灰色の毛並み、真っ黒なお父さんと違ってお母さんの色は草木の影に溶けこむような色をしていて、多くのイヌから尊敬の眼差しで見られる。昔大怪我をした影響で右腕が義手になっていてこれのせいで大きな街にいけなくなっちゃってるけれど、私たちにとってはいつも変わらない優しくて強くてかっこいい私たちのお母さんだ。 「あら? ……あらあら、まぁまぁ。スレッタってば、お嫁さん連れて来たの?」 ハグをしてお互いの匂いを嗅ぐ家族の挨拶をすると、お母さんは静かに驚いた様子だった。2日前に帰って来たエアリアルは、怪我も無く無事みたいだ。私たちイヌと違って長時間走り続けるようには出来てないから、エアリアルには皆をつれて先に帰るように頼んであった。向こうのお母さんより向こう、少し離れた草原でエリクトらしきイヌとエアリアルと、プテラが喧嘩をしているのが見えた。 「うん、ミオリネさんっていうヒトでね。今回は挨拶に」 「かしこそうだったー」「真っ白なの」「喋るんだよー」「良い匂いしてた」 3 お母さんはピンと耳を立てて後ろを警戒しつつ、そうなのねと頷いた。怪我で白く濁ってしまっている目が私をじっと見る。うん、分かってるよ。 「だからデリカシー足りなかったのは謝るっつってんじゃん! そんなに怒る!? エアリアルが女の子なのもツガイ探さなきゃいけないのも事実じゃんか!!」 叫ぶエリクトをギャアギャアと大声で非難しつつ、エアリアルが追いかけまわしてる。卵の頃から一緒にいるから私たちとの喧嘩で爪を使わないくらいには配慮が出来るエアリアルだけど、ラプターの中でも昼行性なせいでこの暗さでは周囲は殆ど見えていないだろう。隣で呆れたようにしているプテラも特性上夜目は殆ど利かない筈だ。喧嘩に夢中になっているエリクトの背後に迫る竜には、気付けていない。っていうかこのプテラは何? もしかしてこの前の奴? 「いーもんね! ボクはこれからこのプテラ君とよろしくやるんだよ、背中乗せてくれないエアリアルのことなんか知らない! スレッタんとこ行っちゃえ!」 ラプターと言ってもそれぞれだ。こいつは夜行性で夜目が利くタイプなのだろう。真直ぐ近寄ってきてエリクトに飛びかかろうとしたそいつの首を空中で正確に捉えて、勢いのまま引き倒す。相変わらず硬い皮に邪魔な羽毛だ。 4 引き倒したラプター中くらいのラプターからさっと飛びのいた。音も無く追いついて来ていたお母さんが手首曲げると義手に収まっていた竜の爪が飛び出し、そのまま鈍い音と共に襲ってきたラプターの頭蓋を粉砕する。お母さんの義手はただ形だけを模倣したものじゃなく、大型種の膂力でも壊れないよう竜の素材を使って作られたもので、ラプターと同じ爪を格納してあった。まだ消臭が上手くいかなくて竜臭く、大抵のイヌネコが嫌がっちゃうから、商品化には至っていないけれど、これだけ激しい動きをしても壊れない、お母さんの研究テーマだ。 「まったく、壁の外で気を抜いちゃ駄目でしょう? 私達狙われ易いんだから」 「うわ、全然気づかなかった。ありがとうお母さん、スレッタ」 お母さんはもう何度も言ったでしょうと呆れて溜息を吐く。お父さんと同じく影に紛れやすいだけでなく、草や藪に隠れやすい色のお母さんは、でも何故だか竜に襲われ易いんだそうだ。それで昔レックスに腕を食いちぎられてしまった。その呪いじみた性質は仔である私とエリクトや妹達にも引き継がれてしまっていて、私たちは昼間の間は何故か竜によく襲われてしまう。お母さんが大型種向けの義肢開発を研究してるのは、その辺に理由があるんだろう。 5 「それで、エリクトは何してたの? このプテラってこの前の子?」 プテラは何故か逃げもせず暴れもせず、どこかめんどくさそうに空を見ている。多分だけど、エリクトを連れ去った子と同個体のように見えた。 「ボクはドラゴンライダーになるんだ! イヌが空を手に入れる時代が来るんだ!」 またそんなこと言って、と非難するようにエアリアルがギーッと鳴いた。 「もう……、インプリンティングされてない個体は言うこと聞かないから危ないって先生いつも言ってるでしょう? 駄目よ、戻してきなさい」 「やだ! 空飛ぶのー! 昔みたいにドラゴンライドするの!」 もう20歳だというのに駄々を捏ね始めたエリクトに、件のプテラは心底厭そうに真上を見上げ、エアリアルはルルルと喉を鳴らしながら私の方に来る。 「そんなことより、ごはんだよって、お父さんが」 「〝そんなこと〟!? スレッタなんか冷たくない!?」 いやぁ、だって。長期間喧嘩してた理由がそんなことだと思わないじゃん。 「エアリアル、ミオリネさんに飼ってもいいか訊こうね」 エアリアルはご機嫌でギャウと鳴く。一緒に暮らせると良いねぇ。 6 「……良いご家族なのね」 夕飯を食べ終わって、食後。お風呂上がりのミオリネさんと町中を散策していると、彼女はぽつりとそう言った。ちなみに十五鼻の夕食風景を見たミオリネさんは凄い表情が硬かった。私たちミオリネさんの4倍は食べるからなぁ。 「何も言わないのね、私達のこと。もっといろいろ言われるかと思ったのに」 二足で歩くときは手を繋ぐことにしている。手にした薄暗い灯り以外は星と月の明かりしかない夜道。ミオリネさんは何も見えないだろうに、私が握った手を信じ切って歩いている。それが少し、くすぐったい。 「私たちのことって?」 「あんたはイヌで、私はヒトでしょ。ネコはもっといろいろ言ってくるわよ? 性処理のための愛玩ペットがどうのとか暴言吐かれたこともあるし」 はぁ? なんだそれ。私の匂いが付いてるのを分かっててそんなこと言ってくるネコがいるの? ムカムカし始めた私を宥めようとミオリネさんは握った手を上からさすって「やりかえしたから気にしないで」と笑う。 「あんたと同じで、皆対等に、あんたのツガイとして見てくれるから、さ」 7 それは、確かにミオリネさんからしたら不思議な感覚なのかもしれない。ネコはもっと利己的だし、精々親兄弟くらいしか大事にしない。普段ネコと付き合う時間が長く、イヌのフェロモンを感じ取れない彼女にはピンとこないのだろう。 「交尾してるじゃないですか、私達。おちんちん挿入れて、〝なかよし〟です」 「ん゛、っげほ、う、うん、そうね」 「イヌにとってツガイの匂いをさせてるのって重要なことで、ミオリネさんが私、サマヤ家スレッタの〝正式で正当なパートナー〟だって皆匂いで分かるんです」 一般的にはそれは、ダイアである私の大事な大事なヒトだということが分かるから、大型イヌの武力や社会的立場に対する配慮が必要ってことだ。 「……知ってますか? イヌって生涯でパートナーは一鼻だけなんですよ?」 けどそれだけじゃない。イヌにとって、〝正式で正当なパートナー〟は替えようのないかけがえのない相手だ。相手に先立たれたら後を追う様に衰弱して死んでいく。そんな夫婦ばっかりだ。私たちはそういう風に出来てる。 「私っていうイヌがミオリネさんをどれだけ愛しているか、どれだけ信頼しているか。どれだけの覚悟を持って伴侶を決めたか、分からないイヌはいませんよ」 8 イヌよりも遥かに脆弱で、小さくて、弱いミオリネさんを、私はパートナーにした。命をかけてでもこのヒトを守る、その為に全力を尽くすし後悔も容赦もしない。それは依存と脆弱性の表明であり、絶対的な覚悟の表れだ。理屈じゃない。言葉で説明されるよりも自明なものとして、私たちはそれを理解出来る。 「お、着きましたよ。ここが壁の上からの景色です。何か見えますかね?」 防壁の上に着く。ここからなら町や周りの様子がよく見えると思ったのだ。お空には半欠けの月が浮かび遠くには山が見え、どこからか竜の鳴き声が聞こえる。 「……なんか、それってズルい。私もイヌだったらよかったのに」 ミオリネさんは不貞腐れたようにそう呟いて、私の胸元に顔を埋めてくる。 「そしたらあんたの匂いを受け取って、どれだけ愛されてるか分かったのに」 「ミオリネさん……、そ、そんなこと言っちゃうんですか……!?」 半ばパニックみたいになりながら、ミオリネさんの体をきゅっと抱き締める。そんなこと言われたら私、これから先我慢なんてしませんからね? 良いんですね? 匂いじゃ分からないなら、言葉と体で伝えるしかないじゃないですか。 溺れるほど愛して教えなきゃ。私がどれだけ、ミオリネさんのことが好きか。 20260730 by トランジスタ 本投稿の無断での転載・複製・複写・販売・AI学習を禁止します。 エルノラ:お母さん。雌雄同体のダイア。今はまだスレッタより大きい。むかーしとレックスとやり合って右腕食いちぎられたし片目も抉られた。ので竜の素材を使った混合素材の義肢を開発してる、親指に当たる位置にラプターのシックスクローを格納してあり、戦闘力の低下を補ってる。義肢の問題で竜の匂いがするので街に行くとかなり嫌がられる。というかこの研究所が丸ごと竜臭いのでそれなりに嫌がられてるんだけど、エルノラは特にと言う感じ。 竜は四色色覚なので昼間のサマヤsは特にハッキリ目立って見えちゃってるんだよね。イヌネコは二色色覚だから理由が分からない。エルノラは“呪い”だと思ってる。その“呪い”がよりによってエリクトとスレッタの長姉sにがっつり引き継がれちゃっていることを、かなり心苦しく思っていたりもする。尚、日が暮れると赤色は四色・三色色覚からは判別付かなくなるので夜戦は有利が取れます。きっと腕千切ったレックスも陽が沈んだ後にぶち殺してると思う。 イヌが空を:プテラのせいで航空まわりの技術が死ぬほど遅れてます。技術ツリーが伝書鳩で止まってるくらいの感じ。 いきなり来週までにQC発表資料作らなきゃいけなくなって半ギレで対応してたのもあってなんかすっごいスローダウンした感じあるけど。普通に2日に一回更新は偉い。
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